指揮官の休日 No.384 士官室最後任士官に艦長が従う時
2024/06/07 (Fri) 07:00
XXXX 様
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指揮官の休日
――コーヒーで始まり、ドライマティーニで締めくくる心豊かな一日――
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危機管理に挑む経営者の皆様に贈るメールマガジンです。
当社コラム「指揮官の決断」の更新のお知らせ、当社セミナー情報はもちろん、危機管理の参考となる図書、是非参加をお薦めする他社主催のセミナーなどの情報をお届けして参ります。
あわせて、常時厳しい緊張状態を強いられている経営者の皆様にちょっと一息ついて頂けるような話題を選んでお送りします。「コーヒーで始まり、ドライマティーニで締めくくる心豊かな一日」というサブタイトルも、日頃すさまじいストレスにさらされながらも頑張っている経営者の皆様に、たまにはそんな日がありますようにという想いを込めています。
途中からお読みの方は、お時間のあるときに是非バックナンバーをお読みください。
ワンクリックでバックナンバーを読んで頂けます。
https://q.bmv.jp/bm/p/bn/list.php?i=aegismm&no=all
専門コラム「指揮官の決断」は、第394回 危機管理の視座 を掲載いたしました。
危機管理論という学際性の強い専門領域に向かう姿勢について論じています。ちょっと面倒な議論かもしれませんが、弊社専門コラムの基本姿勢ですので、お付き合いください。
https://aegis-cms.co.jp/3033
No.384 士官室最後任士官に艦長が従う時
このメールマガジンを愛読してくださっている方々はご存じなのですが、筆者はかつて海上自衛隊で30年間暮らした経験を持っています。
最近は元自衛官というのがYouTuberにも多くなっていますし、テレビでも元陸上自衛隊の女性自衛官だった芸人がブレークしているようです。皆様も「ハイ~」という言葉をテレビでお聴きになったことがあるかと存じます。そうです、匍匐前進をしている彼女です。
そこで、筆者のところにも、もう少し自衛隊の話を聞きたいというメールが飛び込んでくることが多くなってきました。それらの方々は、筆者から「自衛隊アルアル話」を聞いて、いろいろな雑談ネタにしたいのだろうと拝察しています。
そう言われてかつてのメールマガジンを確かめましたが、確かに自衛隊を話題としたメールマガジンはそれほど多くはありません。これにはある理由があります。
そもそもこのメールマガジンは、知っていても知らなくてもどうでもいいことを書き綴って、そのくだらなさに呆れ果てて、サッサと専門コラムに跳んで頂くことを目的として書き綴っています。
そのような主旨で執筆しておりますので、海上自衛隊の話というのはあまり書きたくないのが本音です。
何故なら、筆者にとって、海上自衛隊での思い出は、一つ一つが大切な思い出であり、どうでもいいことではないからです。
さらに、自衛隊の話というのは、一部のマニアにとっては興味ある話かもしれませんが、多くの方々にとっては興味のない話でしかないと思ってもいます。
しかしながら、もう少し自衛隊アルアル話を聞きたいというリクエストがあった以上、これを無視するわけにも参りませんので、今回はそのようなテーマを選んでいます。
護衛艦の士官室においては、艦長がオールマイティであり、その命令に背くことは許されていません。
米海軍の規則には、艦長の精神状態が指揮を執るのにふさわしくないと認められる場合には、副長が艦長の権限を取り上げて代わりに指揮を執ることができるという条文があるようで、それを巡って「ケイン号の叛乱」という映画が作られたことがありました。ハンフリー・ボガードが、戦場で恐怖のために指揮を執れなくなる艦長を見事に演じ、副長以下の士官室士官がその艦長を解任するという重いテーマを扱った名画です。
しかし、海上自衛隊の例規にはそのような規定がなく、艦長の命令は絶対なのです。
その艦長が、士官室で最後任の幹部の指示におとなしく従う瞬間があります。
今回は、それがどのような瞬間なのかについてのお話です。
士官室最後任士官というのは、幹部候補生学校を卒業して任官し、遠洋練習航海を終えて着任したばかりの初任幹部のことです。
彼らは艦隊勤務の最初の三年間を「士」という配置について、艦隊勤務の実務を学ぶことになります。通信士、船務士、砲術士、機関士などという配置です。
筆者の場合は、最初の年が機関士で、次の船では通信士で、三年目は砲術士でした。
護衛艦の通信士というのは、商船や漁船の通信士と異なり、通信の実務を行うことはありません。電信室や暗号室の乗組員を監督したり、幹部指定の暗号を解いたりはしますが、主な勤務 場所は艦橋であり、航海長を補佐する航海士として勤務しています。
その通信士に艦長がおとなしく従う瞬間があります。
それは、その護衛艦が錨を入れて錨泊する時です。
岸壁に横付けする時にはそのようなことは起こりません。投錨する時だけです。
護衛艦の投錨作業は、一般の船のそれと若干異なる方法を取ります。
護衛艦は艦首の底に潜水艦捜索用のソーナーを装備しています。
このソーナーはソーナードームと呼ばれるゴムに覆われていますが、錨を不注意に入れると、錨鎖がドームを傷付けてしまいます。そこで護衛艦は投錨する時には後進しながらそっと錨を入れ、錨鎖を静かに伸ばしていきます。
単艦で投錨するときはいいのですが、群や艦隊で錨地に入る時には、司令部から各艦ごとに投錨する位置が指定されます。その位置に対して許される誤差は、角度にしてブラスマイナス5度以内、距離にして50メートル以内となっています。
その許容誤差範囲内に投錨した場合はいいのですが、それを越えた位置に錨を入れてしまった場合には、錨鎖を巻き上げて投錨をやり直さなければなりません。
たくさんの船と一緒に錨地に入る場合には、自分の船の後ろにも錨泊する船が入ってしまうので、投錨する針路を変えねばならず、投錨計画を練り直す必要もあり、再度投錨するために数時間を要することすらあります。
この投錨の際に、護衛艦の艦橋で何が行われているかが本日の大きなテーマです。
投錨する際には、指定された錨位に向かってどのような針路で進入していくかが検討されます。艦首方向に分かりやすい目標がある針路が選ばれます。
その目標に向かって進むのですが、同時に錨位の右か左に測定しやすい目標を見つけ出し、錨位ではその目標が何度に見えるのかを海図上で測定します。
艦橋中央にある羅針儀には航海長が取りついており、指定された錨位に対して船を真っすぐに進ませていきます。
通信士はウィングに出て、横の目標の角度をウィングの羅針儀を覗き込んで測定しています。
航海長が船を真っすぐに指定錨位に向けて走らせているのであれば、通信士が横の目標の角度を測っていれば正確に指定錨位の真上を通るからです。
護衛艦はソーナードームを守るために後進で錨を入れるのが原則ですので、指定錨位に対してまっすぐ進み、錨位を一度通り過ぎ、行き足を止めて後進をかけ、二回目に錨位に達したところで投錨をします。
通信士はあらかじめ、指定錨位で横の目標が何度に見えるのかを海図上で読み取っておき、その場所の水深を海図から読んで、錨が着底するまでに何秒かかるかを計算し、その間に船がどの程度後進するかを計算します。その結果、指定錨位に至る前のどの位置に来た時に艦長に投錨のタイミングをリコメンドすればいいかを計算しています。
最初に前進をしながら錨位の上を通る時に、通信士は「第一回錨位」と艦長に報告します。
通り過ぎて、行き足が止まり、船が後進を始め、投錨すべき位置に近づくにつれて、横目標の方位を羅針儀で図っている通信士はカウントダウンを始めます。曰く「三度前、二度前、一度前」、そして、指定された錨位に錨が着底するように、錨が海底に到達するのに要する時間を計算して出した位置に来た時に「只今、第二回錨位!」と叫びます。
この瞬間、通信士の目の前にいる艦長は、間髪を入れずに「錨入れ!」と号令を発します。
艦長は前の目標を図っている航海長と横目標を図っている通信士を信ずるしかないのです。
通信士のリコメンド通りに艦長が「錨入れ!」を令してくれた場合には、通信士は航海長に前目標の方位を確認します。湾内を低速で進んでいると潮流に流されやすいからです。また、後進すると、スクリューの回転方向によって艦首を振る傾向があるために航海長はその傾向を勘案して小刻みに針路を修正していなければならず、修正が間に合っていない場合には予定通りの方位に目標が見えないこともあります。
航海長から前目標の方位を聞き取り、海図上で自艦の錨位を確認し、許容範囲内に投錨できたことを確認すると、通信士は艦長に「所定錨位」を報告します。
そして間髪を入れずに無線で司令部に「投錨、所定錨位」と報告します。
この時ばかりは艦長は通信士のリコメンドに従わざるを得ないのです。
筆者も通信士として小さな護衛艦に乗り組んでいた時に、何度か錨泊を経験しました。いつも艦長は筆者が「只今第二回錨位(だいふたかいびょうい)」と叫ぶと間髪を入れずに「錨入れ!」を令してくれました。
筆者の報告と同時に投錨されるのでとても気持ちのいい瞬間です。
ちなみに、この投錨報告で投錨位置を指定錨位から許容範囲を超えて報告しているのを聞いたことがありません。しかし、筆者が見ていると、どう考えても錨位がずれている艦があり、さすがに司令部から投錨をやり直せという指示が出されたことが一回だけありました。
湾内の潮流に航海長が合わせることができず、通信士も前目標に対する針路がずれているのに、横目標の方位を再計算せずに錨位決定をしたために生じた誤差です。
このように予定錨位に誤差なく投錨するという技術は海上保安庁も持っておらず、一般商船に至ってはまったくできない技です。
結構きめ細かい作業をしているでしょ?
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筆者は当コラムの中で、繰り返し執拗に専門性について論じています。専門内の事柄については文責を負うし、それなりにファクトチェックも行い、誤りのない議論に努めています。一方、専門外の問題については極めて慎重な態度を取り、自分で確認できないものについては伝聞推定の形を取って表現するようにしています。
筆者がこのことにこだわるのは、専門家が専門の内容について発言することの怖ろしさを熟知しているからです。
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是非Facebookページをご訪問ください。
Twitterでも時々、折に触れて気が付いたことを呟いています。
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『事業大躍進に挑む経営者のための「クライシスマネジメント」』
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コンサルティングのご案内 当社では5種類のコンサルティングを行っています。
1 ACMS導入コンサルティング
イージスクライシスマネジメントシステムを導入するためのコンサルティングです。
全6回のコンサルティングで導入できるようパッケージ化されたシステムの導入支援を行います。
当社開催の戦略セミナーをあらかじめ受講し、コンサルティングの内容等にご理解を頂くことが前提
となっております。
2 スポットコンサルティング
何が問題で、どうコンサルティングを受ければいいのかわからない、自社にシステムを導入できるの
かどうかわからない、などのご相談はスポットコンサルティングをご利用ください。
3 プレコンサルティング
当社のコンサルティングの考え方をWeb等で理解されて導入を決めている方、一刻も早く導入をしたい
と考えている方には、このプレコンサルティングをお薦めします。
導入コンサルティングの第1回で行う内容を含んでおり、コンサルティングの概要及び必要な準備作業等
について、関係者全員が揃って受講できるため、理解を共有でき、導入が容易になります。
プレコンサルティングに引き続き導入コンサルティングを契約される際には、プレコンサルティング料金
は全額返金させていただきますので、費用が無駄になりません。
4 テーラード・コンサルティング
危機管理組織はすでに構築しているが指揮所演習について指導してもらいたい、中間管理層に活気がな
いので彼らに強力なリーダーとなってもらいたい、プロトコールに自信を持てるようになりたい、などのご
要望には、個別に対応させて頂きます。
5 指揮所演習コンサルティング
トップと主要スタッフだけで行うことのできるようにコンパクトに設計された図上演習です。
危機管理の先頭に立つスタッフを育てるために最適な手法として注目されています。
お気軽にご相談ください。
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図上演習コンサルティングのご案内
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企業や公共放送機関での指導実績豊かなコンサルタントが各企業の実態に合わせた図上演習の運営
要領を確立します。
弊社では、図上演習を独自に企画・運営できるようになることを目標としたコンサルティングを行
っています。
毎回、図上演習の度にコンサルタントを呼ぶのではなく、自社のみで計画できる実力をつけて頂き
ます。
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No.384 士官室最後任士官に艦長が従う時
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そこで、筆者のところにも、もう少し自衛隊の話を聞きたいというメールが飛び込んでくることが多くなってきました。それらの方々は、筆者から「自衛隊アルアル話」を聞いて、いろいろな雑談ネタにしたいのだろうと拝察しています。
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そもそもこのメールマガジンは、知っていても知らなくてもどうでもいいことを書き綴って、そのくだらなさに呆れ果てて、サッサと専門コラムに跳んで頂くことを目的として書き綴っています。
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さらに、自衛隊の話というのは、一部のマニアにとっては興味ある話かもしれませんが、多くの方々にとっては興味のない話でしかないと思ってもいます。
しかしながら、もう少し自衛隊アルアル話を聞きたいというリクエストがあった以上、これを無視するわけにも参りませんので、今回はそのようなテーマを選んでいます。
護衛艦の士官室においては、艦長がオールマイティであり、その命令に背くことは許されていません。
米海軍の規則には、艦長の精神状態が指揮を執るのにふさわしくないと認められる場合には、副長が艦長の権限を取り上げて代わりに指揮を執ることができるという条文があるようで、それを巡って「ケイン号の叛乱」という映画が作られたことがありました。ハンフリー・ボガードが、戦場で恐怖のために指揮を執れなくなる艦長を見事に演じ、副長以下の士官室士官がその艦長を解任するという重いテーマを扱った名画です。
しかし、海上自衛隊の例規にはそのような規定がなく、艦長の命令は絶対なのです。
その艦長が、士官室で最後任の幹部の指示におとなしく従う瞬間があります。
今回は、それがどのような瞬間なのかについてのお話です。
士官室最後任士官というのは、幹部候補生学校を卒業して任官し、遠洋練習航海を終えて着任したばかりの初任幹部のことです。
彼らは艦隊勤務の最初の三年間を「士」という配置について、艦隊勤務の実務を学ぶことになります。通信士、船務士、砲術士、機関士などという配置です。
筆者の場合は、最初の年が機関士で、次の船では通信士で、三年目は砲術士でした。
護衛艦の通信士というのは、商船や漁船の通信士と異なり、通信の実務を行うことはありません。電信室や暗号室の乗組員を監督したり、幹部指定の暗号を解いたりはしますが、主な勤務 場所は艦橋であり、航海長を補佐する航海士として勤務しています。
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それは、その護衛艦が錨を入れて錨泊する時です。
岸壁に横付けする時にはそのようなことは起こりません。投錨する時だけです。
護衛艦の投錨作業は、一般の船のそれと若干異なる方法を取ります。
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単艦で投錨するときはいいのですが、群や艦隊で錨地に入る時には、司令部から各艦ごとに投錨する位置が指定されます。その位置に対して許される誤差は、角度にしてブラスマイナス5度以内、距離にして50メートル以内となっています。
その許容誤差範囲内に投錨した場合はいいのですが、それを越えた位置に錨を入れてしまった場合には、錨鎖を巻き上げて投錨をやり直さなければなりません。
たくさんの船と一緒に錨地に入る場合には、自分の船の後ろにも錨泊する船が入ってしまうので、投錨する針路を変えねばならず、投錨計画を練り直す必要もあり、再度投錨するために数時間を要することすらあります。
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投錨する際には、指定された錨位に向かってどのような針路で進入していくかが検討されます。艦首方向に分かりやすい目標がある針路が選ばれます。
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艦橋中央にある羅針儀には航海長が取りついており、指定された錨位に対して船を真っすぐに進ませていきます。
通信士はウィングに出て、横の目標の角度をウィングの羅針儀を覗き込んで測定しています。
航海長が船を真っすぐに指定錨位に向けて走らせているのであれば、通信士が横の目標の角度を測っていれば正確に指定錨位の真上を通るからです。
護衛艦はソーナードームを守るために後進で錨を入れるのが原則ですので、指定錨位に対してまっすぐ進み、錨位を一度通り過ぎ、行き足を止めて後進をかけ、二回目に錨位に達したところで投錨をします。
通信士はあらかじめ、指定錨位で横の目標が何度に見えるのかを海図上で読み取っておき、その場所の水深を海図から読んで、錨が着底するまでに何秒かかるかを計算し、その間に船がどの程度後進するかを計算します。その結果、指定錨位に至る前のどの位置に来た時に艦長に投錨のタイミングをリコメンドすればいいかを計算しています。
最初に前進をしながら錨位の上を通る時に、通信士は「第一回錨位」と艦長に報告します。
通り過ぎて、行き足が止まり、船が後進を始め、投錨すべき位置に近づくにつれて、横目標の方位を羅針儀で図っている通信士はカウントダウンを始めます。曰く「三度前、二度前、一度前」、そして、指定された錨位に錨が着底するように、錨が海底に到達するのに要する時間を計算して出した位置に来た時に「只今、第二回錨位!」と叫びます。
この瞬間、通信士の目の前にいる艦長は、間髪を入れずに「錨入れ!」と号令を発します。
艦長は前の目標を図っている航海長と横目標を図っている通信士を信ずるしかないのです。
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航海長から前目標の方位を聞き取り、海図上で自艦の錨位を確認し、許容範囲内に投錨できたことを確認すると、通信士は艦長に「所定錨位」を報告します。
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この時ばかりは艦長は通信士のリコメンドに従わざるを得ないのです。
筆者も通信士として小さな護衛艦に乗り組んでいた時に、何度か錨泊を経験しました。いつも艦長は筆者が「只今第二回錨位(だいふたかいびょうい)」と叫ぶと間髪を入れずに「錨入れ!」を令してくれました。
筆者の報告と同時に投錨されるのでとても気持ちのいい瞬間です。
ちなみに、この投錨報告で投錨位置を指定錨位から許容範囲を超えて報告しているのを聞いたことがありません。しかし、筆者が見ていると、どう考えても錨位がずれている艦があり、さすがに司令部から投錨をやり直せという指示が出されたことが一回だけありました。
湾内の潮流に航海長が合わせることができず、通信士も前目標に対する針路がずれているのに、横目標の方位を再計算せずに錨位決定をしたために生じた誤差です。
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