指揮官の休日 No.346 一斉抜錨、一斉出港
2023/07/14 (Fri) 06:30
XXXX 様
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指揮官の休日
――コーヒーで始まり、ドライマティーニで締めくくる心豊かな一日――
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危機管理に挑む経営者の皆様に贈るメールマガジンです。
当社コラム「指揮官の決断」の更新のお知らせ、当社セミナー情報はもちろん、危機管理の参考となる図書、是非参加をお薦めする他社主催のセミナーなどの情報をお届けして参ります。
あわせて、常時厳しい緊張状態を強いられている経営者の皆様にちょっと一息ついて頂けるような話題を選んでお送りします。「コーヒーで始まり、ドライマティーニで締めくくる心豊かな一日」というサブタイトルも、日頃すさまじいストレスにさらされながらも頑張っている経営者の皆様に、たまにはそんな日がありますようにという想いを込めています。
途中からお読みの方は、お時間のあるときに是非バックナンバーをお読みください。
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専門コラム「指揮官の決断」は、第354回 ブルータス、お前もか を掲載いたしました。
最近、ちょっと残念に思っていることがあって、この表題になりました。
何を残念がっているのか、こちらからお読みください。
https://aegis-cms.co.jp/3052
No.346 一斉抜錨、一斉出港
前回に引き続き、海上自衛隊在隊当時の思い出話です。ちょっと事情があって、海上自衛隊の雰囲気が分かる記事を続けています。興味のない方はサッサと読み飛ばして専門コラムに跳んでください。(専門コラム「指揮官の決断」第354回 ブルータス、お前もか https://aegis-cms.co.jp/3052 )
ある年のある日、筆者が着任したばかりの護衛艦「しらゆき」が所属する第一護衛隊群の8隻が館山湾に集結していました。
実は筆者はその前々日に着任したばかりで、着任の翌日いきなり出航で、出航時は副長の指示で艦橋で見学をしていました。
幹部候補生学校を卒業して練習艦隊で世界一周の実習航海を終え、青森県八戸の航空部隊で一冬の航空部隊実習を終えて、護衛艦隊旗艦の機関士となったのが2年前で、1年間機関科で勤務し、次の年には横須賀地方隊の小さな護衛艦の通信士として勤務していました。
護衛艦の通信士とは商船や漁船の通信士とは異なり、自分で通信実務を行うことはありません。通信科員の業務に関して分掌指揮を執り、暗号に関する業務を行ったりはしますが、主な勤務場所は艦橋で、航海士として艦長や航海長の補佐に当たるのが仕事でした。
その船の勤務を10ヵ月ほどしていたところに人事発令されたのが、第一護衛隊群の新鋭護衛艦のミサイル射撃担当の砲術士でした。
通信士として載っていた船にはミサイルなどは装備されておらず、対空火器としては第2次大戦中に日本の特攻機を撃墜するのに活躍した40mm連装機関砲と3インチ連装砲(スローファイアー)でした。小さな艦に対潜兵器としてアスロックなどを搭載していたのでトップヘビーで、一杯舵を取ると大きく傾くような船でした。
それが当時最精鋭の第一護衛隊群の新鋭対空ミサイル搭載護衛艦に補職されたのですから大変でした。田舎のネズミがいきなり大都会の真ん中に放り出されたようなものです。
着任翌朝の出航は浦賀水道を横切って舘山に移動しただけでしたが、艦橋には通信士から着任したにもかかわらず見たことがない通信系がいくつもリードされており、どの無線機がどのような通信系に使われるのかも理解できず、ただただ眩暈がするような思いをしていました。
その日の夕食時、艦長から、「砲術士は前配置は通信士だったな。今回は通信士が乗っていないので、今回の演習は通信士の代わりに艦橋に上がってくれ。」と申し渡されました。
そういえば、通信士として乗艦しているはずの若い幹部が見当たりませんでした。どこかの学校に入校を命ぜられて、今回は乗っていないのだそうです。
筆者としても好都合でした。砲術士として着任はしたものの、ミサイルのことなど何も知りません。数週間後、第一術科学校(江田島)の任務射撃課程という課程に入校を命ぜられて2か月ほど射撃の勉強をし、横須賀に戻って1週間の当直士官講習を受けて船に戻り、その後は射撃指揮所での分掌指揮官や艦橋での航海指揮官などでの勤務ができるようになりましたが、その時点では直前までやっていた通信士としての勤務の方が慣れていたからです。
夕食後に艦橋に上がり、通信系をチェックし、海図を確かめながら、翌日の出航要領などの予習をして過ごしました。
翌朝、出航が午前7時だったため、起床時間が1時間早められ、午前5時に起床、急いで朝食を取ったのちに艦橋に上がり、出航の準備にかかりました。
当日の出港要領は「一斉抜錨、一斉出港」となっていました。
8隻の護衛艦が錨泊しており、それらが一斉に抜錨し、一斉に出港するということです。
通信士として勤務しなければならないので、艦橋から艦内への放送の監督もしなければなりません。
6時30分、艦橋の当直海曹に「出港準備」とマイクを入れるよう指示をします。
艦橋で聞いていると、各艦でも「出港準備」が令されている声が洋上を渡ってきます。
艦橋から見下ろすと、前甲板や後甲板に乗員が上がってくるのが見えます。
6時45分、「艦内警戒閉鎖」を令します。航海中に閉鎖すべきハッチなどが閉められます。
6時50分、士官室に繋がる交話機で「士官室、艦橋、出港10分前になりました。」と呼びかけ、続けて風向風速、潮汐の状況などを報告します。士官室からは副長の声で「了解、艦長は上がられた。」と返答がありました。
すぐに艦長が艦橋へのラッタル(階段)を上がってくるのを認めた当直海曹が「艦長上がられます。」と声をかけます。艦橋内の者は全員艦長が入ってくるのに敬礼をし、筆者は艦長の椅子に近づき、気象・海象と出港要領について報告をします。
その頃、前甲板では砲術長の指揮で錨鎖の巻き上げが始まっていました。
6時55分頃、各艦のマストにアルファベットの「U」の旗が半分まで掲揚されました。出港準備が整ったということです。
筆者は群旗艦が見える側のウィングに出て、群旗艦にも同様に掲揚されているのを確認し、艦長に「群旗艦ユニフォーム半揚しました。」と報告、続いて前甲板から「立ち錨」の報告が上がってきたのを確認し、「ユニフォーム半揚します。」と叫んで、旗甲板にいる信号当直員に「ユニフォーム半揚」と指示したのですが、その時はすでに半分まで揚げられていました。信号員にしてみれば「ボヤボヤするな。」ということだったのでしょう。
続いて、群旗艦のマストに信号旗が綴られながら揚がっていきます。筆者は群旗艦のマストの見えるところまで揚がってきた信号を一文字ずつ読み上げていきますが、「しらゆき」の旗甲板では間髪を入れずに同じ旗が綴られて揚がっていきます。
これは出港に関する命令が信号旗で出されているところです、群旗艦からNATO海軍で共通に使われている信号書に記載されている信号で出港に関する指示が信号旗で綴られていきます。各艦はその信号と同じ信号を掲げることにより、正しく理解していることを群旗艦に伝えるのです。
群旗艦では群司令部の通信幕僚が出港に関する指示を掲揚したのち、各艦に掲揚される信号旗を読んで正しく理解されていることを確認すると、群司令に「各艦了解しました。」と報告します。
そして、この信号旗がマストから降ろされると、その命令の発動になります。
各艦の信号員はプロですから、群旗艦の信号旗がすべて綴られて掲揚されるまでは待っていません。群旗艦の艦橋にその旗が見えると立ちどころに同じ旗を綴るので、群旗艦が綴り終えて全揚する頃には各艦もほとんど綴り終えていますが、一応群旗艦の信号を見て揚げましたという態度を取るために、一瞬だけ遅らせて全揚します。
筆者はその信号旗が綴られていくと艦長に「群旗信、〇〇□□△△(秘なのでこの信号をお伝えすることができませんが、アルファベットを一文字ずつ読み上げていきます。アルファ・チャーリー・ワン・ファイヴなどと読み上げます。)、予め指示した通り出航せよ、予令されました。艦長、航海長」と報告し、確認を求めます。
午前7時ちょうど、群旗艦に掲げられていた一連の信号旗が勢いよく引き下ろされます。同時に群旗艦のマストの半分くらいのところに掲げられていた「U」字旗がトップまで勢いよく上がり、さらに「出港用意」のラッパが聞こえてきました。群旗艦が出港したということです。
「先の信号、発動になりました。群旗艦、ユニフォーム全揚。」と筆者が叫ぶと同時に艦長が「出港用意」を令し、艦長の後方で待ち構えていた当直海士がラッパで「出港用意」を吹くと、当直海曹がマイクに向かって「出港用意」と叫びました。
船はそれまで立ち錨の状態にありました。これは錨鎖を巻き取って、錨が海底で立ち上がって、かろうじて底についているという状況です。群の命令なしに出港することはできないので、この状態で出港を待っているのです。出港せよの命令が信号旗を下すことによって発令されたことは前甲板でも確認できますので、砲術長はそれを見た瞬間に艦長が「出港用意」を令することが分かっているので、最後の錨鎖を巻き上げて、船と海底との繋がりを切ってしまいました。これで「しらゆき」も出港したことになります。
筆者は間髪をいれず「ユニフォーム一杯!」と指示し、U字旗をマストの上まで揚げさせました。これで群旗艦も「しらゆき」が出港したことを確認します。
他の各艦も同時に同じ動きをしています。
ここからは艦長の腕の見せ所です。「出航用意」を下令すると同時艦長は機関を前進に使い始め、群旗艦を先頭に縦一列になって館山湾の湾口に向かっていく各艦に続いています。
しらゆきの群内における順番号は5番だったので、各艦が一列に整形するときには5番目を走っていなければなりません。前を行く船との距離は700ヤード、方位はブラスマイナス5度以内と定められています。
その占位位置に向かって艦長は舵と機関を使いながら船を運んでいきます。各艦も同様に自分の占位位置に向かっています。
この光景は壮観です。8隻の船が一斉に錨を上げ、湾口を目指して突進を始めるのです。
練度の高い部隊でなければこのような一斉行動はとれません。
実際の作戦行動で、このようなことがどれほど役に立つかは疑問ですが、このような一斉の行動ができるかどうかは部隊の練度を図るのには最適です。
湾口を目指す各艦は、やみくもに湾口に向かっているのではなく、次の陣形整形の準備位置に向かいつつ湾口を目指しています。
この時点ではまだ出航せよという指示しか出ていないので、完全に自分の占位位置には付けずに距離は700ヤードに詰めますが、進路は基準艦からわずかにオフセットさせた所に入っていきます。
各艦がそのように行動しているのを確かめた群旗艦は館山湾口を出て南に向かい、相模湾に入るなり別の信号を綴り始めました。今度は「順番号順序に縦列を作れ。〇×は基準艦となれ、基準針路〇×△度、基準速力〇□ノット」という指示です。
この旗が綴られていくと、各艦にも同じ旗が間髪を入れずに綴られて挙げられていきます。
各艦了解が確認されると、群旗艦の旗信号が勢いよく引きおらされます。
「しらゆき」艦橋で筆者が「発動になりました。基準艦〇〇、針路〇〇〇、速力〇〇ノット!」と叫ぶと同時に航海長がわずかにオフセットした位置にいた「しらゆき」を前続艦の真後ろに進めていきます。あくまでも群の命令に従って行動しているという態度を示すのです。
この後、第一護衛隊群は陣形を崩し、ヘリコプター搭載艦は舘山基地から飛んでくるヘリコプターを収容しました。その後、再び陣形を整形し、三陸沖まで北上していきました。
この時の演習は、第一護衛隊群が三陸沖から南下し、第二護衛隊群が遠州灘の沖から北東に進み、水上部隊同士の打撃戦を行うというものでした。
地方隊の小さな護衛艦の通信士だった筆者が、いきなり当時の最新鋭部隊同士の水上打撃戦を経験したので、面食らうことばかりでしたが、中でも舘山湾からの8隻の護衛艦の一斉抜錨、一斉出港の壮観だったことが忘れられない記憶になりました。
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専門コラム「指揮官の決断」第354回 ブルータス、お前もか 掲載のお知らせ
表題は有名な言葉です。カエサルが紀元前44年3月に暗殺されるときに、その企みに自らの古い友人であり、腹心でもあった元老院議員マルクス・ユニウス・ブルトゥスが加わっていたことを知って落胆して呟いたとされる言葉です。
ラテン語ではEt tu, Brute? と綴り、筆者が喋ることのできる唯一のラテン語です。
かつて、弊社が発行しているメールマガジンで海上自衛官は世界中のどこに行っても、現地の言葉でビールを注文できると豪語したことがありますが、ラテン語のビールの注文の仕方は知りません。ラテン語で注文しないとビールにありつけない国はないからです。
さて、何を落胆しているのでしょうか。
続きはこちらでお読みください。
https://aegis-cms.co.jp/3052
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通信士として載っていた船にはミサイルなどは装備されておらず、対空火器としては第2次大戦中に日本の特攻機を撃墜するのに活躍した40mm連装機関砲と3インチ連装砲(スローファイアー)でした。小さな艦に対潜兵器としてアスロックなどを搭載していたのでトップヘビーで、一杯舵を取ると大きく傾くような船でした。
それが当時最精鋭の第一護衛隊群の新鋭対空ミサイル搭載護衛艦に補職されたのですから大変でした。田舎のネズミがいきなり大都会の真ん中に放り出されたようなものです。
着任翌朝の出航は浦賀水道を横切って舘山に移動しただけでしたが、艦橋には通信士から着任したにもかかわらず見たことがない通信系がいくつもリードされており、どの無線機がどのような通信系に使われるのかも理解できず、ただただ眩暈がするような思いをしていました。
その日の夕食時、艦長から、「砲術士は前配置は通信士だったな。今回は通信士が乗っていないので、今回の演習は通信士の代わりに艦橋に上がってくれ。」と申し渡されました。
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筆者としても好都合でした。砲術士として着任はしたものの、ミサイルのことなど何も知りません。数週間後、第一術科学校(江田島)の任務射撃課程という課程に入校を命ぜられて2か月ほど射撃の勉強をし、横須賀に戻って1週間の当直士官講習を受けて船に戻り、その後は射撃指揮所での分掌指揮官や艦橋での航海指揮官などでの勤務ができるようになりましたが、その時点では直前までやっていた通信士としての勤務の方が慣れていたからです。
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翌朝、出航が午前7時だったため、起床時間が1時間早められ、午前5時に起床、急いで朝食を取ったのちに艦橋に上がり、出航の準備にかかりました。
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8隻の護衛艦が錨泊しており、それらが一斉に抜錨し、一斉に出港するということです。
通信士として勤務しなければならないので、艦橋から艦内への放送の監督もしなければなりません。
6時30分、艦橋の当直海曹に「出港準備」とマイクを入れるよう指示をします。
艦橋で聞いていると、各艦でも「出港準備」が令されている声が洋上を渡ってきます。
艦橋から見下ろすと、前甲板や後甲板に乗員が上がってくるのが見えます。
6時45分、「艦内警戒閉鎖」を令します。航海中に閉鎖すべきハッチなどが閉められます。
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すぐに艦長が艦橋へのラッタル(階段)を上がってくるのを認めた当直海曹が「艦長上がられます。」と声をかけます。艦橋内の者は全員艦長が入ってくるのに敬礼をし、筆者は艦長の椅子に近づき、気象・海象と出港要領について報告をします。
その頃、前甲板では砲術長の指揮で錨鎖の巻き上げが始まっていました。
6時55分頃、各艦のマストにアルファベットの「U」の旗が半分まで掲揚されました。出港準備が整ったということです。
筆者は群旗艦が見える側のウィングに出て、群旗艦にも同様に掲揚されているのを確認し、艦長に「群旗艦ユニフォーム半揚しました。」と報告、続いて前甲板から「立ち錨」の報告が上がってきたのを確認し、「ユニフォーム半揚します。」と叫んで、旗甲板にいる信号当直員に「ユニフォーム半揚」と指示したのですが、その時はすでに半分まで揚げられていました。信号員にしてみれば「ボヤボヤするな。」ということだったのでしょう。
続いて、群旗艦のマストに信号旗が綴られながら揚がっていきます。筆者は群旗艦のマストの見えるところまで揚がってきた信号を一文字ずつ読み上げていきますが、「しらゆき」の旗甲板では間髪を入れずに同じ旗が綴られて揚がっていきます。
これは出港に関する命令が信号旗で出されているところです、群旗艦からNATO海軍で共通に使われている信号書に記載されている信号で出港に関する指示が信号旗で綴られていきます。各艦はその信号と同じ信号を掲げることにより、正しく理解していることを群旗艦に伝えるのです。
群旗艦では群司令部の通信幕僚が出港に関する指示を掲揚したのち、各艦に掲揚される信号旗を読んで正しく理解されていることを確認すると、群司令に「各艦了解しました。」と報告します。
そして、この信号旗がマストから降ろされると、その命令の発動になります。
各艦の信号員はプロですから、群旗艦の信号旗がすべて綴られて掲揚されるまでは待っていません。群旗艦の艦橋にその旗が見えると立ちどころに同じ旗を綴るので、群旗艦が綴り終えて全揚する頃には各艦もほとんど綴り終えていますが、一応群旗艦の信号を見て揚げましたという態度を取るために、一瞬だけ遅らせて全揚します。
筆者はその信号旗が綴られていくと艦長に「群旗信、〇〇□□△△(秘なのでこの信号をお伝えすることができませんが、アルファベットを一文字ずつ読み上げていきます。アルファ・チャーリー・ワン・ファイヴなどと読み上げます。)、予め指示した通り出航せよ、予令されました。艦長、航海長」と報告し、確認を求めます。
午前7時ちょうど、群旗艦に掲げられていた一連の信号旗が勢いよく引き下ろされます。同時に群旗艦のマストの半分くらいのところに掲げられていた「U」字旗がトップまで勢いよく上がり、さらに「出港用意」のラッパが聞こえてきました。群旗艦が出港したということです。
「先の信号、発動になりました。群旗艦、ユニフォーム全揚。」と筆者が叫ぶと同時に艦長が「出港用意」を令し、艦長の後方で待ち構えていた当直海士がラッパで「出港用意」を吹くと、当直海曹がマイクに向かって「出港用意」と叫びました。
船はそれまで立ち錨の状態にありました。これは錨鎖を巻き取って、錨が海底で立ち上がって、かろうじて底についているという状況です。群の命令なしに出港することはできないので、この状態で出港を待っているのです。出港せよの命令が信号旗を下すことによって発令されたことは前甲板でも確認できますので、砲術長はそれを見た瞬間に艦長が「出港用意」を令することが分かっているので、最後の錨鎖を巻き上げて、船と海底との繋がりを切ってしまいました。これで「しらゆき」も出港したことになります。
筆者は間髪をいれず「ユニフォーム一杯!」と指示し、U字旗をマストの上まで揚げさせました。これで群旗艦も「しらゆき」が出港したことを確認します。
他の各艦も同時に同じ動きをしています。
ここからは艦長の腕の見せ所です。「出航用意」を下令すると同時艦長は機関を前進に使い始め、群旗艦を先頭に縦一列になって館山湾の湾口に向かっていく各艦に続いています。
しらゆきの群内における順番号は5番だったので、各艦が一列に整形するときには5番目を走っていなければなりません。前を行く船との距離は700ヤード、方位はブラスマイナス5度以内と定められています。
その占位位置に向かって艦長は舵と機関を使いながら船を運んでいきます。各艦も同様に自分の占位位置に向かっています。
この光景は壮観です。8隻の船が一斉に錨を上げ、湾口を目指して突進を始めるのです。
練度の高い部隊でなければこのような一斉行動はとれません。
実際の作戦行動で、このようなことがどれほど役に立つかは疑問ですが、このような一斉の行動ができるかどうかは部隊の練度を図るのには最適です。
湾口を目指す各艦は、やみくもに湾口に向かっているのではなく、次の陣形整形の準備位置に向かいつつ湾口を目指しています。
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この旗が綴られていくと、各艦にも同じ旗が間髪を入れずに綴られて挙げられていきます。
各艦了解が確認されると、群旗艦の旗信号が勢いよく引きおらされます。
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この後、第一護衛隊群は陣形を崩し、ヘリコプター搭載艦は舘山基地から飛んでくるヘリコプターを収容しました。その後、再び陣形を整形し、三陸沖まで北上していきました。
この時の演習は、第一護衛隊群が三陸沖から南下し、第二護衛隊群が遠州灘の沖から北東に進み、水上部隊同士の打撃戦を行うというものでした。
地方隊の小さな護衛艦の通信士だった筆者が、いきなり当時の最新鋭部隊同士の水上打撃戦を経験したので、面食らうことばかりでしたが、中でも舘山湾からの8隻の護衛艦の一斉抜錨、一斉出港の壮観だったことが忘れられない記憶になりました。
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表題は有名な言葉です。カエサルが紀元前44年3月に暗殺されるときに、その企みに自らの古い友人であり、腹心でもあった元老院議員マルクス・ユニウス・ブルトゥスが加わっていたことを知って落胆して呟いたとされる言葉です。
ラテン語ではEt tu, Brute? と綴り、筆者が喋ることのできる唯一のラテン語です。
かつて、弊社が発行しているメールマガジンで海上自衛官は世界中のどこに行っても、現地の言葉でビールを注文できると豪語したことがありますが、ラテン語のビールの注文の仕方は知りません。ラテン語で注文しないとビールにありつけない国はないからです。
さて、何を落胆しているのでしょうか。
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林 祐 著
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教育訓練の受託を開始いたしました。
ご要望の多い教育訓練について、専門のスタッフを揃え、新たに教育訓練部門を開設いたしました。
内容について順次ご紹介して参りますが、弊社Webをご覧頂ければ概要をご理解頂けます。
こちらをどうぞ
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コンサルティングのご案内 当社では5種類のコンサルティングを行っています。
1 ACMS導入コンサルティング
イージスクライシスマネジメントシステムを導入するためのコンサルティングです。
全6回のコンサルティングで導入できるようパッケージ化されたシステムの導入支援を行います。
当社開催の戦略セミナーをあらかじめ受講し、コンサルティングの内容等にご理解を頂くことが前提
となっております。
2 スポットコンサルティング
何が問題で、どうコンサルティングを受ければいいのかわからない、自社にシステムを導入できるの
かどうかわからない、などのご相談はスポットコンサルティングをご利用ください。
3 プレコンサルティング
当社のコンサルティングの考え方をWeb等で理解されて導入を決めている方、一刻も早く導入をしたい
と考えている方には、このプレコンサルティングをお薦めします。
導入コンサルティングの第1回で行う内容を含んでおり、コンサルティングの概要及び必要な準備作業等
について、関係者全員が揃って受講できるため、理解を共有でき、導入が容易になります。
プレコンサルティングに引き続き導入コンサルティングを契約される際には、プレコンサルティング料金
は全額返金させていただきますので、費用が無駄になりません。
4 テーラード・コンサルティング
危機管理組織はすでに構築しているが指揮所演習について指導してもらいたい、中間管理層に活気がな
いので彼らに強力なリーダーとなってもらいたい、プロトコールに自信を持てるようになりたい、などのご
要望には、個別に対応させて頂きます。
5 指揮所演習コンサルティング
トップと主要スタッフだけで行うことのできるようにコンパクトに設計された図上演習です。
危機管理の先頭に立つスタッフを育てるために最適な手法として注目されています。
お気軽にご相談ください。
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図上演習コンサルティングのご案内
多数のご要望にお応えするため、図上演習に特化したコンサルティングを開始いたしました。
企業や公共放送機関での指導実績豊かなコンサルタントが各企業の実態に合わせた図上演習の運営
要領を確立します。
弊社では、図上演習を独自に企画・運営できるようになることを目標としたコンサルティングを行
っています。
毎回、図上演習の度にコンサルタントを呼ぶのではなく、自社のみで計画できる実力をつけて頂き
ます。
詳しくはこちらをご覧ください。
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発行人:株式会社イージスクライシスマネジメント
代表取締役 林 祐
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