指揮官の休日 No.273 星を読んだ思い出
2022/02/18 (Fri) 06:30
XXXX 様
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指揮官の休日
――コーヒーで始まり、ドライマティーニで締めくくる心豊かな一日――
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危機管理に挑む経営者の皆様に贈るメールマガジンです。
当社コラム「指揮官の決断」の更新のお知らせ、当社セミナー情報はもちろん、危機管理の参考となる図書、是非参加をお薦めする他社主催のセミナーなどの情報をお届けして参ります。
あわせて、常時厳しい緊張状態を強いられている経営者の皆様にちょっと一息ついて頂けるような話題を選んでお送りします。「コーヒーで始まり、ドライマティーニで締めくくる心豊かな一日」というサブタイトルも、日頃すさまじいストレスにさらされながらも頑張っている経営者の皆様に、たまにはそんな日がありますようにという想いを込めています。
途中からお読みの方は、お時間のあるときに是非バックナンバーをお読みください。
ワンクリックでバックナンバーを読んで頂けます。
https://q.bmv.jp/bm/p/bn/list.php?i=aegismm&no=all
専門コラム「指揮官の決断」は、第281回 やはりメディアはリスクの意味を理解していない を掲載いたしました。
NHKの「BS1スペシャル」報道に関する調査報告書が発表されましたが、NHKは報道の基本を理解していないことが明らかになりました。
詳しくはこちらをお読みください。
https://aegis-cms.co.jp/2628
No.272 星を読んだ思い出
2回にわたって天測についての記事を配信いたしましたが、思ったよりも多くの方から反応を頂きました。やはり、光ですら数千年もかかるという文字通り天文学的スケールの話なので浮世離れしていて珍しいのと、それだけ遠くの星を眺めることによって地球上の自分の位置が分かるということが不思議なのだと思います。
筆者が天測を実際に行っていたのは幹部候補生学校を卒業して任官し、実習幹部として遠洋航海に参加した時が最も密度が濃かったのですが、それはあくまでも実習でした。
ところがその後、航海中に業務として天測を行う必要があったため、実務としての天測も経験しています。
それは筆者が小さな護衛艦の通信士として勤務していた時のことでした。その行動自体は秘密なので細部をお話しすることはできませんが、天測の話題に絞ってお話します。
護衛艦の通信士という配置は商船や漁船の通信士とは職務が異なります。
一般船舶の通信士は文字通り通信を所掌し、自分で通信を行います。
ところが護衛艦の通信士は自分で通信を行うことはありません。例外が艦橋や戦闘指揮所における戦術交話という無線通信で、同じ部隊内で作戦行動を共にしている僚艦との間でマイクを取ってボイスで行う通信です。信号書に記載された信号や平文で戦術行動の指示の授受や情報の交換を行うものです。
その他の業務としてはもっぱら航海士として勤務しています。
戦闘配置は艦橋で、航海指揮官の補佐を行います。出入港の時など艦長が直接操艦するときには艦長の側で艦長の指示を操舵員や速力通信器員が正しく理解しているかどうかを確認したりします。艦隊行動で無線封止されている時には信号旗を用いて情報交換や艦隊運動が下令されますが、その信号旗の掲揚と降下を監督するのも通信士です。
ただ、暗号の解読において、担当者ではなく幹部自衛官が解読に当たるように指示された電報を受け取った場合には通信士が解読に当たりますが、筆者はそのような事態を経験したことはありません。
秋のある日、筆者が通信士として乗艦していた護衛艦に出航命令が発出されました。
艦長、航海長と筆者が司令部に細部の説明を受けに行くと、潮岬の沖で海上自衛隊の輸送艦が怪しい漁船を発見し、データと照合したところ、ソ連(当時)の情報収集艦であることが判明したため、追跡を開始したのだそうです。ところがこの当時の輸送艦というのは現在のものと異なり、浜辺に直接のし上げ(ビーチングと言います。)、艦首の扉を開いて戦車や車両を陸揚げすることができるタイプであり、お世辞にも俊足とは言えませんでした。必死になって追いかけるのですが、段々引き離されてしまっていたので、筆者が乗っていた船が交代することになったということでした。
上陸中の乗員に緊急出港のための帰艦を命じ、深夜に準備が出来たところで出航し、伊豆大島付近でその任務を引き継いだのですが、それからが大変でした。
当該情報収集艦はそのまま北上を続け、岩手県の釜石の少し南にある死骨崎まで行くと反転し、伊豆大島へ戻るということを2回続けました。
この間、筆者の乗る船は約1000m程度後ろで追尾を続け、針路が領海線の方へ向くたびに「貴船は日本の領海に近付いている。針路を変えよ。」という警告を流し続けました。
当該情報収集艦はソビエト海軍の船舶でした。
たとえ軍艦であっても日本の領海内を航行することは国際法上できないことはありません。
ただし、軍艦が他国の領海内を航行する場合、その航行は「無害航行」でなければなりません。
これはある目的地に向かって最短距離をなるべく速やかに通過せよということであり、その間、訓練や情報収集などは行ってはならないことになっています。
航空母艦における戦闘機の発艦着艦や艦隊による戦術運動などは認められません。潜水艦は潜航したままの航行はできず、浮上して国籍を示す旗を掲げなければなりません。
筆者が乗っていた船は、当該情報収集艦が「航法機器の故障で自船の位置を誤っていた。」などとの言い訳ができないよう、すぐ後ろから「領海線に近付いているぞ。」と警告を続けていたのです。
通信士の筆者は、当直中は艦橋で当直士官の補佐に当たり、それ以外の時間は電信室で相手船の通信の傍受を見守っていました。電信室の片隅にサマーベッドを運び込んで、そこで仮眠を取りながらの航海が続いていました。
当該情報収集艦は3回目に伊豆大島に達した後、針路を東に変えて航行を続けました。司令部からは、いつまた近海に戻るか分からないのでしばらく追跡を継続するように指示がありました。
この時は、間もなく毎年秋に行われる海上自衛隊演習への参加準備もしなければならず、その作戦計画の研究も必要でしたので、かなりきつい勤務でした。
情報収集艦はそのまま東進を続けました。こちら側の問題はいつこの追跡を止めて反転するかということでした。
海上自衛隊演習における私が乗っていた船の最初の任務は、ある海域における対潜哨戒でした。一定の哨区を割り当てられ、そこに敵の潜水艦の侵入を許さず、その海域を通過する重要船舶の安全を確保するという任務です。
つまり、海上自衛隊演習の開始時には、指定された哨区に入って敵の潜水艦を追い出していなければならず、その位置に開始時までに戻るためにはどこかで東進を止めて反転しなければなりません。
当時はGPSなどはありませんでした。ロランとかデッカと呼ばれる電子航法機器が装備されていましたが、それらは限定的な海域でしか使用できず、太平洋の真ん中で使えるようなものではありませんでした。
東進が始った日の深夜、当直を終えて艦橋から降りて士官室で煮詰まった珈琲を飲んでいる時、艦長が入ってきてある指示を受けました。
艦長の指示では翌朝から天測を行い、どのポイントで反転すれば海上自衛隊演習開始時に哨区に入っていることが出来るかを決定せよということでした。
その翌日から筆者は、日出時と日没時の星及び正中時の太陽を測って艦位を決定し、毎正時には太陽を測って経度を計算していました。
そして、ここで反転して指定海域を目指さないと海上自衛隊演習に間に合わないというポイントの計算を続け、ある時、自信を持って、ここで反転すれば海上自衛隊演習開始時には指定された哨区に戻れるとリコメンドし、艦長はその通り針路を反転させる指示を出してくれました。
ところが筆者は重大な計算違いをしていました。
その船は定期検査のための入渠が半年ほど遅れており、新米通信士が予想したよりも遥かに多くの牡蠣殻を船底に付けていたようです。このため期待した速力が出ていませんでした。東進中に気付かなかったのは潮の影響を受けて速力が若干早くなっていたことの影響のようでした。反転するとその潮に逆らって進まなければならず、そこへ船底に付いた牡蠣殻が状況を悪化させていたということです。
この結果、私が乗った船は海上自衛隊演習の開始に3時間遅れて哨区に入ったのですが、その直前に哨区に入ってきた味方の重要船舶が潜入していた潜水艦に雷撃され、2発命中、沈没の判定を受けてしまいました。
筆者が乗っていた船は、緊急出港してきたため、食料や真水の在庫が厳しくなってきており、撃沈判定を受けた重要船舶役の船と一度横須賀へ戻ることになりました。
横須賀港の陸岸から海に向かって突き出た岸壁を挟んだ両側に二隻は係留されたのですが、重要船舶役の船の艦橋からはその船の航海長がおっかない顔でこちらの入港作業を見つめていました。そして、こちらの入港作業が一段落したとたん、その航海長はハンドマイクを持ち出して来て、「通信士、お前はいったいどこにいたんだ?」と怒っています。
無理もありません。哨区を守っているはずの船がおらず、そこへ入ったとたんに潜水艦につかまって雷撃されて撃沈判定を受けたのですから、逆の立場なら筆者だって怒ります。
その航海長は筆者が幹部候補生だった時の指導官でした。
この時が筆者が天測を実務のために行った最後の機会となりました。
最近は筆者の小さなヨットですらGPSが装備され、船位をプロットしていく必要が無くなってしまいました。
それでも船の上から陸上の三か所の目標の方位を測って海図上でクロスベアリングによる船位を作図したり、光ですら数千年かかる遠い星を測って地球上の自分の位置を算出する方法などが大好きです。
不思議なのですが、この経験を続けていると自分の船の位置を海図上で一々確かめずとも、何となく予定コースから外れていたり、あるいは予定より進んだり遅れたりしていることが分かるようになります。
多分、自然と一体化する野生の本能のようなものが研ぎ澄まされるのではないかと思っています。
自然の中ではそのような野性的な本能は非常に大切です。今後も、自分の小さなヨットでその本能に磨きをかけていこうと思っています。
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当社Webサイトに、専門コラム「指揮官の決断」をアップしております。是非、ご覧ください
専門コラム「指揮官の決断」第281回 やはりメディアはリスクの意味を理解していない 掲載のご案内
先週、NHKが「BS1スペシャル」報道に関する調査報告書を発表しました。
これは昨年12月26日に放送したBS1スペシャル「河瀬直美が見つめた東京五輪」という番組おいて、五輪反対デモに参加しているという男性へのインタビューで、実はお金を貰って動員されていると打ち明けたという字幕を付けて放映したのですが、実際には男性は五輪反対のデモには参加しておらず、字幕も担当ディレクターの推察に基づいて付けられたことが分かったというものです。
詳しい経緯はNHKのサイトにこの報告書がアップされていますので、それをお読み頂ければ結構かと存じますが、当コラムで問題であると考えているのは、そのNHKの再発防止に向けた取り組みの姿勢です。
詳しくはこちらをお読みください。
https://aegis-cms.co.jp/2620
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とが出来ます。
是非Facebookページをご訪問ください。
Twitterでも時々、折に触れて気が付いたことを呟いています。
https://twitter.com/CaptainHayashi です。
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弊社出版物のご紹介
『事業大躍進に挑む経営者のための「クライシスマネジメント」』
林 祐 著
セルバ出版
お求めの方は、こちらからどうぞ。
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教育訓練の受託を開始いたしました。
ご要望の多い教育訓練について、専門のスタッフを揃え、新たに教育訓練部門を開設いたしました。
内容について順次ご紹介して参りますが、弊社Webをご覧頂ければ概要をご理解頂けます。
こちらをどうぞ
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コンサルティングのご案内 当社では5種類のコンサルティングを行っています。
1 ACMS導入コンサルティング
イージスクライシスマネジメントシステムを導入するためのコンサルティングです。
全6回のコンサルティングで導入できるようパッケージ化されたシステムの導入支援を行います。
当社開催の戦略セミナーをあらかじめ受講し、コンサルティングの内容等にご理解を頂くことが前提
となっております。
2 スポットコンサルティング
何が問題で、どうコンサルティングを受ければいいのかわからない、自社にシステムを導入できるの
かどうかわからない、などのご相談はスポットコンサルティングをご利用ください。
3 プレコンサルティング
当社のコンサルティングの考え方をWeb等で理解されて導入を決めている方、一刻も早く導入をしたい
と考えている方には、このプレコンサルティングをお薦めします。
導入コンサルティングの第1回で行う内容を含んでおり、コンサルティングの概要及び必要な準備作業等
について、関係者全員が揃って受講できるため、理解を共有でき、導入が容易になります。
プレコンサルティングに引き続き導入コンサルティングを契約される際には、プレコンサルティング料金
は全額返金させていただきますので、費用が無駄になりません。
4 テーラード・コンサルティング
危機管理組織はすでに構築しているが指揮所演習について指導してもらいたい、中間管理層に活気がな
いので彼らに強力なリーダーとなってもらいたい、プロトコールに自信を持てるようになりたい、などのご
要望には、個別に対応させて頂きます。
5 指揮所演習コンサルティング
トップと主要スタッフだけで行うことのできるようにコンパクトに設計された図上演習です。
危機管理の先頭に立つスタッフを育てるために最適な手法として注目されています。
お気軽にご相談ください。
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図上演習コンサルティングのご案内
多数のご要望にお応えするため、図上演習に特化したコンサルティングを開始いたしました。
企業や公共放送機関での指導実績豊かなコンサルタントが各企業の実態に合わせた図上演習の運営
要領を確立します。
弊社では、図上演習を独自に企画・運営できるようになることを目標としたコンサルティングを行
っています。
毎回、図上演習の度にコンサルタントを呼ぶのではなく、自社のみで計画できる実力をつけて頂き
ます。
詳しくはこちらをご覧ください。
http://aegis-cms.co.jp/cpx
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発行人:株式会社イージスクライシスマネジメント
代表取締役 林 祐
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No.272 星を読んだ思い出
2回にわたって天測についての記事を配信いたしましたが、思ったよりも多くの方から反応を頂きました。やはり、光ですら数千年もかかるという文字通り天文学的スケールの話なので浮世離れしていて珍しいのと、それだけ遠くの星を眺めることによって地球上の自分の位置が分かるということが不思議なのだと思います。
筆者が天測を実際に行っていたのは幹部候補生学校を卒業して任官し、実習幹部として遠洋航海に参加した時が最も密度が濃かったのですが、それはあくまでも実習でした。
ところがその後、航海中に業務として天測を行う必要があったため、実務としての天測も経験しています。
それは筆者が小さな護衛艦の通信士として勤務していた時のことでした。その行動自体は秘密なので細部をお話しすることはできませんが、天測の話題に絞ってお話します。
護衛艦の通信士という配置は商船や漁船の通信士とは職務が異なります。
一般船舶の通信士は文字通り通信を所掌し、自分で通信を行います。
ところが護衛艦の通信士は自分で通信を行うことはありません。例外が艦橋や戦闘指揮所における戦術交話という無線通信で、同じ部隊内で作戦行動を共にしている僚艦との間でマイクを取ってボイスで行う通信です。信号書に記載された信号や平文で戦術行動の指示の授受や情報の交換を行うものです。
その他の業務としてはもっぱら航海士として勤務しています。
戦闘配置は艦橋で、航海指揮官の補佐を行います。出入港の時など艦長が直接操艦するときには艦長の側で艦長の指示を操舵員や速力通信器員が正しく理解しているかどうかを確認したりします。艦隊行動で無線封止されている時には信号旗を用いて情報交換や艦隊運動が下令されますが、その信号旗の掲揚と降下を監督するのも通信士です。
ただ、暗号の解読において、担当者ではなく幹部自衛官が解読に当たるように指示された電報を受け取った場合には通信士が解読に当たりますが、筆者はそのような事態を経験したことはありません。
秋のある日、筆者が通信士として乗艦していた護衛艦に出航命令が発出されました。
艦長、航海長と筆者が司令部に細部の説明を受けに行くと、潮岬の沖で海上自衛隊の輸送艦が怪しい漁船を発見し、データと照合したところ、ソ連(当時)の情報収集艦であることが判明したため、追跡を開始したのだそうです。ところがこの当時の輸送艦というのは現在のものと異なり、浜辺に直接のし上げ(ビーチングと言います。)、艦首の扉を開いて戦車や車両を陸揚げすることができるタイプであり、お世辞にも俊足とは言えませんでした。必死になって追いかけるのですが、段々引き離されてしまっていたので、筆者が乗っていた船が交代することになったということでした。
上陸中の乗員に緊急出港のための帰艦を命じ、深夜に準備が出来たところで出航し、伊豆大島付近でその任務を引き継いだのですが、それからが大変でした。
当該情報収集艦はそのまま北上を続け、岩手県の釜石の少し南にある死骨崎まで行くと反転し、伊豆大島へ戻るということを2回続けました。
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当該情報収集艦はソビエト海軍の船舶でした。
たとえ軍艦であっても日本の領海内を航行することは国際法上できないことはありません。
ただし、軍艦が他国の領海内を航行する場合、その航行は「無害航行」でなければなりません。
これはある目的地に向かって最短距離をなるべく速やかに通過せよということであり、その間、訓練や情報収集などは行ってはならないことになっています。
航空母艦における戦闘機の発艦着艦や艦隊による戦術運動などは認められません。潜水艦は潜航したままの航行はできず、浮上して国籍を示す旗を掲げなければなりません。
筆者が乗っていた船は、当該情報収集艦が「航法機器の故障で自船の位置を誤っていた。」などとの言い訳ができないよう、すぐ後ろから「領海線に近付いているぞ。」と警告を続けていたのです。
通信士の筆者は、当直中は艦橋で当直士官の補佐に当たり、それ以外の時間は電信室で相手船の通信の傍受を見守っていました。電信室の片隅にサマーベッドを運び込んで、そこで仮眠を取りながらの航海が続いていました。
当該情報収集艦は3回目に伊豆大島に達した後、針路を東に変えて航行を続けました。司令部からは、いつまた近海に戻るか分からないのでしばらく追跡を継続するように指示がありました。
この時は、間もなく毎年秋に行われる海上自衛隊演習への参加準備もしなければならず、その作戦計画の研究も必要でしたので、かなりきつい勤務でした。
情報収集艦はそのまま東進を続けました。こちら側の問題はいつこの追跡を止めて反転するかということでした。
海上自衛隊演習における私が乗っていた船の最初の任務は、ある海域における対潜哨戒でした。一定の哨区を割り当てられ、そこに敵の潜水艦の侵入を許さず、その海域を通過する重要船舶の安全を確保するという任務です。
つまり、海上自衛隊演習の開始時には、指定された哨区に入って敵の潜水艦を追い出していなければならず、その位置に開始時までに戻るためにはどこかで東進を止めて反転しなければなりません。
当時はGPSなどはありませんでした。ロランとかデッカと呼ばれる電子航法機器が装備されていましたが、それらは限定的な海域でしか使用できず、太平洋の真ん中で使えるようなものではありませんでした。
東進が始った日の深夜、当直を終えて艦橋から降りて士官室で煮詰まった珈琲を飲んでいる時、艦長が入ってきてある指示を受けました。
艦長の指示では翌朝から天測を行い、どのポイントで反転すれば海上自衛隊演習開始時に哨区に入っていることが出来るかを決定せよということでした。
その翌日から筆者は、日出時と日没時の星及び正中時の太陽を測って艦位を決定し、毎正時には太陽を測って経度を計算していました。
そして、ここで反転して指定海域を目指さないと海上自衛隊演習に間に合わないというポイントの計算を続け、ある時、自信を持って、ここで反転すれば海上自衛隊演習開始時には指定された哨区に戻れるとリコメンドし、艦長はその通り針路を反転させる指示を出してくれました。
ところが筆者は重大な計算違いをしていました。
その船は定期検査のための入渠が半年ほど遅れており、新米通信士が予想したよりも遥かに多くの牡蠣殻を船底に付けていたようです。このため期待した速力が出ていませんでした。東進中に気付かなかったのは潮の影響を受けて速力が若干早くなっていたことの影響のようでした。反転するとその潮に逆らって進まなければならず、そこへ船底に付いた牡蠣殻が状況を悪化させていたということです。
この結果、私が乗った船は海上自衛隊演習の開始に3時間遅れて哨区に入ったのですが、その直前に哨区に入ってきた味方の重要船舶が潜入していた潜水艦に雷撃され、2発命中、沈没の判定を受けてしまいました。
筆者が乗っていた船は、緊急出港してきたため、食料や真水の在庫が厳しくなってきており、撃沈判定を受けた重要船舶役の船と一度横須賀へ戻ることになりました。
横須賀港の陸岸から海に向かって突き出た岸壁を挟んだ両側に二隻は係留されたのですが、重要船舶役の船の艦橋からはその船の航海長がおっかない顔でこちらの入港作業を見つめていました。そして、こちらの入港作業が一段落したとたん、その航海長はハンドマイクを持ち出して来て、「通信士、お前はいったいどこにいたんだ?」と怒っています。
無理もありません。哨区を守っているはずの船がおらず、そこへ入ったとたんに潜水艦につかまって雷撃されて撃沈判定を受けたのですから、逆の立場なら筆者だって怒ります。
その航海長は筆者が幹部候補生だった時の指導官でした。
この時が筆者が天測を実務のために行った最後の機会となりました。
最近は筆者の小さなヨットですらGPSが装備され、船位をプロットしていく必要が無くなってしまいました。
それでも船の上から陸上の三か所の目標の方位を測って海図上でクロスベアリングによる船位を作図したり、光ですら数千年かかる遠い星を測って地球上の自分の位置を算出する方法などが大好きです。
不思議なのですが、この経験を続けていると自分の船の位置を海図上で一々確かめずとも、何となく予定コースから外れていたり、あるいは予定より進んだり遅れたりしていることが分かるようになります。
多分、自然と一体化する野生の本能のようなものが研ぎ澄まされるのではないかと思っています。
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