指揮官の休日 No.244 指揮権の継承
2021/07/30 (Fri) 06:30
XXXX 様
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指揮官の休日
――コーヒーで始まり、ドライマティーニで締めくくる心豊かな一日――
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危機管理に挑む経営者の皆様に贈るメールマガジンです。
当社コラム「指揮官の決断」の更新のお知らせ、当社セミナー情報はもちろん、危機管理の参考となる図書、是非参加をお薦めする他社主催のセミナーなどの情報をお届けして参ります。
あわせて、常時厳しい緊張状態を強いられている経営者の皆様にちょっと一息ついて頂けるような話題を選んでお送りします。「コーヒーで始まり、ドライマティーニで締めくくる心豊かな一日」というサブタイトルも、日頃すさまじいストレスにさらされながらも頑張っている経営者の皆様に、たまにはそんな日がありますようにという想いを込めています。
途中からお読みの方は、お時間のあるときに是非バックナンバーをお読みください。
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https://q.bmv.jp/bm/p/bn/list.php?i=aegismm&no=all
専門コラム「指揮官の決断」は、第252回 科学的証明とは を掲載いたしました。
「富岳」のシミュレーションが頻繁に話題に上がるコロナ禍ですが、これがどいう意味を持つのか理解できていない人が多いようです。
最近もびっくりするようなニュースを観ました。今回はその話題を取り上げます。
詳しくはこちらをお読みください。
https://aegis-cms.co.jp/2454
No.244 指揮権の継承
まもなく8月1日がやってきます。
今から10年前の2011年8月1日、筆者は30年近く勤務した海上自衛隊を退官しました。最後の配置は舞鶴にある新入隊員を教育する部隊の司令でした。
その年は3月に東日本大震災があり、その災害派遣で海上自衛隊中がバタバタしていましたが、さすがに8月になると落ち着きを取り戻しました。
しかし、酷暑の夏で、連日37度などという暑さが続き、その炎天下で新入隊員たちをいかに鍛えるかで教官一同大変気を遣う日々でした。4月に入隊してきた新入隊員たちの教育の総仕上げに入り、あと半月で艦隊に送り出さねばならないという8月に勧奨により30年間着てきた制服を脱ぎ、後任の司令に部隊の指揮を託して退官したのです。
ここで、皆様に海上自衛隊において指揮官の交代がどのように行われるのかをドキュメント風にご説明いたしましょう。これは実際に見たことのある人でなければ分からないことなので、このメールマガジンをお読みの方だけの特権かもしれないですよ。
まず8月1日当日の朝です。起床から朝食までの日課は通常の一日と同じように進みます。
朝食が終わった頃、庁内のスピーカーから「総員、礼装に着替え」という指示が流れます。
海上自衛隊の夏の礼装は幹部・海曹は白の長袖の詰襟の上着を着用します。海士たちは白の長袖のセーラー服です。私も白の詰襟の礼装を着用していました。
8時10分前くらいには全員がグランドに整列しています。
8時5分前、当直士官が司令室に「国旗掲揚5分前になりました。」と報告に来ます。
私はそれを受けて庁舎から出てグランドに向かいます。
整列している隊員たちの前にある朝礼台に上がると隊員たちが元気よく「おはようございます。」と声を出して敬礼をしてきます。
私もこれに応えて「おはよう。」と声をかけて答礼をして台を降りてくるのはいつものとおりです。
午前8時、君が代に合わせて国旗が掲揚されるのを挙手の敬礼で見守ります。
通常は国旗が掲揚されると司令は庁舎に戻り、グランドに残った隊員たちは行進曲に合わせてそれぞれの教務が行われる場所まで行進していきますが、この日はちょっと違います。
この日を最後に退官する私は、指揮権を後任者に渡すことを隊員たちに伝え、離任の挨拶をしなければならないのです。
当直士官の指示に従い「総員集合」の号笛が吹鳴されます。
私は国旗掲揚塔の近くからさきほどの朝礼台に戻り、離任の挨拶を行いました。
着任時には「訓示」を行うのですが、離任の場合は「挨拶」に変わります。
海上自衛隊を退職すること、着任以来の職員の司令への献身的な協力への感謝、修業して部隊への赴任を目前にしている新入隊員たちへの激励など様々な想いを語ります。
この後、私は別の地区に所在する地方総監部へ向かい、私の上司である舞鶴地方総監に対し、離任の申告を行いました。指揮権を後任者に渡し、自分自身は海上自衛隊を退官する旨を報告し、着任以来の指導に感謝してお別れを告げたのです。
その後隊へ戻りましたが、私の帰隊を合図に隊員たちには「出迎えの位置に整列」という指示が与えられました。後任の隊司令の着任を出迎えるのです。
出迎えの列は庁舎玄関前から幹部、海曹、海士、事務官の順に正門の方に向かって作られています。
私は事務官の列よりもさらに正門に近い道路上の中央に立ち、後任の隊司令を待ち受けます。後任者は前日の夕方には舞鶴に到着しており、近くのホテルに宿泊していましたので、隊司令用の車が迎えに行き、時間を合わせて正門を通ることになっています。
私が道路の中央に立ってすぐ、正門をヘッドライトを点灯した黒塗りの乗用車が入ってきました。正門に整列した警衛隊が「捧げ銃」の敬礼をして迎えます。
乗用車は私のすぐそばまで来て停まると、そこにいたドアボーイがドアを開け、後任者が出てきます。
後任者の敬礼に応え、手招きで出迎えの列の前へ誘導します。事務官の列まで来ると私は後任者の斜め後ろに下がり、後任者は出迎えの隊員たちが彼が通るにつれて敬礼をしていく列の前を答礼をしながら歩いて庁舎へ向かいます。
庁舎の前で副長が最後に出迎えると、私は後任者を隊司令の公室に案内します。
公室に入ると、応接のテーブルを挟んで私が奥に回り、「舞鶴教育隊の指揮権をお渡しします。」と述べ、後任者が「舞鶴教育隊の指揮権を継承いたしました。」と述べます。法的にはこの日の午前0時に指揮官は交代しているのですが、後任者が着任するまでは前任者が指揮を執らねばならないので、この瞬間に指揮官が名実ともに交代したことになります。
指揮官ではなくなった私は後任者と場所を交代して、応接セットの来客側に回ります。
本来であれば、そこで申継書を見ながら申し継ぎを行うのですが、実は前日の夜に到着した後任者とは夕食を共にしており、その際に問題点など後任者として留意すべき事項については話をしてありましたので、この場で改めて話をしなければならないこともありません。冷たい麦茶などを飲んでいたように思います。
この間、スピーカーからは「見送りの位置に整列」という号令が流されていました。隊員たちが改めて見送りの位置に整列し直しているのです。出迎えと同様、庁舎玄関前から幹部・海曹・入隊教育中の隊員、事務官たちが並んでいます。
準備ができると当直士官が「見送りの準備が出来ました。」と新司令に報告してきました。
庁舎玄関前の階段を降りて行くと、儀式に参列できない共済組合職員や売店のおばさんたちが見送りに来てくれていました。彼女たちに挨拶をしながら庁舎の外に出ます。
退職時、私は海将補でした。自衛隊では将官である指揮官の離着任に際しては栄誉礼が行われます。
私は整列している儀じょう隊の前に置かれた台に上がりました。間髪を入れず儀じょう隊指揮官が「捧げ銃(つつ)」を号令します。音楽隊が栄誉礼の冠譜を演奏する間、儀じょう隊は捧げ銃の敬礼、その他の隊員たちは挙手の敬礼をします。私もそれに応えて演奏の間中答礼をしていました。
音楽隊の演奏が終わり、私が右手を下すと儀じょう隊指揮官は「立て 銃」を令します。台をおりて、音楽隊の前に進んで音楽隊長に「ありがとうね。」と声をかけ、音楽隊が行進曲「錨を上げて」の演奏をする中、儀じょう隊指揮官に「上手かったぞ。」と声をかけました。
儀じょう隊は小隊海曹と海士で編成されますが、指揮官の3等海尉及び小隊海曹は教官であったものの、海士は新入隊員から選別して編成していました。つい4か月前までは本物の銃など見たこともない連中です。彼らが見事にきめていたので、つい声をかけてしまいました。ただの高校生だったのが随分とヘータイらしくなったなと感慨深いものがありました。
その後、副長以下の隊員たちが整列して挙手の敬礼を送る前を答礼しながらゆっくりと歩きます。
通常はここで演奏される曲は海上自衛隊の公式行進曲である「行進曲軍艦」が多いのですが、私は「錨を上げて」を音楽隊にリクエストしていました。
在隊中に何度聴いたか分からない軍艦マーチですが、私がこの曲ではなく「錨を上げて」をリクエストしたのには訳があります。軍艦行進曲は音楽的に見ても素晴らしい行進曲なのですが、帝国海軍以来の歴史が染みついています。
長い歴史に支えられた偉大な曲なので、私なんぞのために演奏されるのは如何なものかという思いがありました。当時の私は、防衛関連企業の顧問ではなく商社への再就職が決まっており、まったく新たなビジネスの世界への挑戦のための新たな出航だと位置づけていたこともあって『錨を上げて』を選んだのです。とにかく、その音楽隊の演奏する「錨を上げて」の流れる中、行進曲のテンポではなく、ゆっくりと隊員たちの前を一人一人の顔を見ながら歩いて行きました。
途中で音楽は「蛍の光」に変わりました。
列の最後まで来ると、遥か向こう端で副長が一歩前に出て私の方を向いています。彼の「帽振れ」という号令で隊員たちが制帽を右手に高く掲げて振ってくれます。これは帝国海軍から海上自衛隊が受け継いだ別れの儀式です。
私も制帽を右手で高く振って答えます。そして、2~3回振ると脱帽のまま、頭を下げる敬礼をしました。これは「お見送りありがとうございます。もうこれで結構です。」という挨拶です。私がその姿勢を取ると「帽、もとい」の号令がかけられ、隊員たちは着帽してこちらを見ています。副長が全隊員を代表して最後の敬礼を送って寄こし、それに答礼します。
そして、国旗掲揚塔に向き直ると、そこに翻っている日章旗に最後の敬礼をします。
回れ右をすると司令用の乗用車がすぐ横に来ており、そばまでついてきていた後任の司令に「願います。」と挨拶をして乗り込み、正門の警衛隊の捧げ銃の敬礼に送られてホテルへ向かいました。
「願います。」という言葉は海上自衛隊ではいろいろな場面でよく使われます。この場合は「私が手塩にかけて育てた部隊だから、よろしく頼むぞ。」という意味です。
海上自衛隊における指揮官の交代はどの部隊でも、陸上部隊、艦艇部隊の別を問わず、このように行われます。
私が離任した後の部隊では、新任の指揮官が総員を集合させ、着任の訓示を行い、次いで全員との顔合わせである分隊点検、構内の整備状況を把握するための構内点検などがその日に行われ、あわただしく最初の日を送ることになります。
私はと言えば、その日に海上自衛隊を退官したのですが、直ちに再就職ではなかったので、あらかじめ骨休めの計画を立てていました。
私の離任式を見に来た我が家の司令長官や息子とともに舞鶴を深夜出航するフェリーで小樽へ行き、札幌、函館、仙台、那須などを巡りながら1週間かけて自宅へ戻ってきました。家族での旅行などは、若い頃に米国で連絡官として駐在していた頃以来の久しぶりのことでした。
離任する日まで、私自身が離任に際してどのような感情になるのか興味津々でした。ただ、いろいろ上司や先輩たちの離任を見てきましたが、感無量で泣き出す人を見たことがなく、皆さん晴れ晴れとした顔をしていたので、そんなものかなぁとは思っていたのですが、自分の番になってそれが分かりました。
入隊以来、あれほど晴れ晴れとした日を経験したことがありませんでした。それまで、肩や袖に付けた階級章の重みに押しつぶされそうになっていたのが一挙に解放され、身も心も軽いということがどういうことなのかが腑に落ちました。
前途には未経験のビジネスへの挑戦が待ち構えていて、本当なら不安で仕方なかったはずなのですが、我が家の司令長官ですら、私のあんな晴れ晴れとした顔は見たことがないと言うほど、晴れ晴れとしていたようです。
自分では気が付いていなかったのですが、入隊時に行った「服務の宣誓」、幹部候補生学校卒業時に行った「幹部宣誓」の重圧が信じられないくらいの重圧になっていたのだと思います。
この夏、退官から10年になり、様々な想いが駆け巡っています。
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「東京五輪の開会式で、主催者と観客が新型コロナウイルスの対策を徹底すれば、感染が広がるリスクは100分の1に減るとするコンピューターを使った予測結果を、東京大や福島県立医大などの研究チームが22日、発表した。」
これは3月23日火曜日の読売新聞に掲載された記事です。
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お薦めの書籍
『1300社が導入した日本型ジョブディスクリプション』 松本順市 著 日経BP
目標による管理がまともに機能している企業が極めて数少ない現在、その矛盾点を見事に突いた本です。
著者の松本氏が人事コンサルタントとして1300社の指導をした実績から炙り出した日本企業への目標管理の適用の矛盾を解決する方法を見事に教えてくれます。
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当直士官の指示に従い「総員集合」の号笛が吹鳴されます。
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乗用車は私のすぐそばまで来て停まると、そこにいたドアボーイがドアを開け、後任者が出てきます。
後任者の敬礼に応え、手招きで出迎えの列の前へ誘導します。事務官の列まで来ると私は後任者の斜め後ろに下がり、後任者は出迎えの隊員たちが彼が通るにつれて敬礼をしていく列の前を答礼をしながら歩いて庁舎へ向かいます。
庁舎の前で副長が最後に出迎えると、私は後任者を隊司令の公室に案内します。
公室に入ると、応接のテーブルを挟んで私が奥に回り、「舞鶴教育隊の指揮権をお渡しします。」と述べ、後任者が「舞鶴教育隊の指揮権を継承いたしました。」と述べます。法的にはこの日の午前0時に指揮官は交代しているのですが、後任者が着任するまでは前任者が指揮を執らねばならないので、この瞬間に指揮官が名実ともに交代したことになります。
指揮官ではなくなった私は後任者と場所を交代して、応接セットの来客側に回ります。
本来であれば、そこで申継書を見ながら申し継ぎを行うのですが、実は前日の夜に到着した後任者とは夕食を共にしており、その際に問題点など後任者として留意すべき事項については話をしてありましたので、この場で改めて話をしなければならないこともありません。冷たい麦茶などを飲んでいたように思います。
この間、スピーカーからは「見送りの位置に整列」という号令が流されていました。隊員たちが改めて見送りの位置に整列し直しているのです。出迎えと同様、庁舎玄関前から幹部・海曹・入隊教育中の隊員、事務官たちが並んでいます。
準備ができると当直士官が「見送りの準備が出来ました。」と新司令に報告してきました。
庁舎玄関前の階段を降りて行くと、儀式に参列できない共済組合職員や売店のおばさんたちが見送りに来てくれていました。彼女たちに挨拶をしながら庁舎の外に出ます。
退職時、私は海将補でした。自衛隊では将官である指揮官の離着任に際しては栄誉礼が行われます。
私は整列している儀じょう隊の前に置かれた台に上がりました。間髪を入れず儀じょう隊指揮官が「捧げ銃(つつ)」を号令します。音楽隊が栄誉礼の冠譜を演奏する間、儀じょう隊は捧げ銃の敬礼、その他の隊員たちは挙手の敬礼をします。私もそれに応えて演奏の間中答礼をしていました。
音楽隊の演奏が終わり、私が右手を下すと儀じょう隊指揮官は「立て 銃」を令します。台をおりて、音楽隊の前に進んで音楽隊長に「ありがとうね。」と声をかけ、音楽隊が行進曲「錨を上げて」の演奏をする中、儀じょう隊指揮官に「上手かったぞ。」と声をかけました。
儀じょう隊は小隊海曹と海士で編成されますが、指揮官の3等海尉及び小隊海曹は教官であったものの、海士は新入隊員から選別して編成していました。つい4か月前までは本物の銃など見たこともない連中です。彼らが見事にきめていたので、つい声をかけてしまいました。ただの高校生だったのが随分とヘータイらしくなったなと感慨深いものがありました。
その後、副長以下の隊員たちが整列して挙手の敬礼を送る前を答礼しながらゆっくりと歩きます。
通常はここで演奏される曲は海上自衛隊の公式行進曲である「行進曲軍艦」が多いのですが、私は「錨を上げて」を音楽隊にリクエストしていました。
在隊中に何度聴いたか分からない軍艦マーチですが、私がこの曲ではなく「錨を上げて」をリクエストしたのには訳があります。軍艦行進曲は音楽的に見ても素晴らしい行進曲なのですが、帝国海軍以来の歴史が染みついています。
長い歴史に支えられた偉大な曲なので、私なんぞのために演奏されるのは如何なものかという思いがありました。当時の私は、防衛関連企業の顧問ではなく商社への再就職が決まっており、まったく新たなビジネスの世界への挑戦のための新たな出航だと位置づけていたこともあって『錨を上げて』を選んだのです。とにかく、その音楽隊の演奏する「錨を上げて」の流れる中、行進曲のテンポではなく、ゆっくりと隊員たちの前を一人一人の顔を見ながら歩いて行きました。
途中で音楽は「蛍の光」に変わりました。
列の最後まで来ると、遥か向こう端で副長が一歩前に出て私の方を向いています。彼の「帽振れ」という号令で隊員たちが制帽を右手に高く掲げて振ってくれます。これは帝国海軍から海上自衛隊が受け継いだ別れの儀式です。
私も制帽を右手で高く振って答えます。そして、2~3回振ると脱帽のまま、頭を下げる敬礼をしました。これは「お見送りありがとうございます。もうこれで結構です。」という挨拶です。私がその姿勢を取ると「帽、もとい」の号令がかけられ、隊員たちは着帽してこちらを見ています。副長が全隊員を代表して最後の敬礼を送って寄こし、それに答礼します。
そして、国旗掲揚塔に向き直ると、そこに翻っている日章旗に最後の敬礼をします。
回れ右をすると司令用の乗用車がすぐ横に来ており、そばまでついてきていた後任の司令に「願います。」と挨拶をして乗り込み、正門の警衛隊の捧げ銃の敬礼に送られてホテルへ向かいました。
「願います。」という言葉は海上自衛隊ではいろいろな場面でよく使われます。この場合は「私が手塩にかけて育てた部隊だから、よろしく頼むぞ。」という意味です。
海上自衛隊における指揮官の交代はどの部隊でも、陸上部隊、艦艇部隊の別を問わず、このように行われます。
私が離任した後の部隊では、新任の指揮官が総員を集合させ、着任の訓示を行い、次いで全員との顔合わせである分隊点検、構内の整備状況を把握するための構内点検などがその日に行われ、あわただしく最初の日を送ることになります。
私はと言えば、その日に海上自衛隊を退官したのですが、直ちに再就職ではなかったので、あらかじめ骨休めの計画を立てていました。
私の離任式を見に来た我が家の司令長官や息子とともに舞鶴を深夜出航するフェリーで小樽へ行き、札幌、函館、仙台、那須などを巡りながら1週間かけて自宅へ戻ってきました。家族での旅行などは、若い頃に米国で連絡官として駐在していた頃以来の久しぶりのことでした。
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前途には未経験のビジネスへの挑戦が待ち構えていて、本当なら不安で仕方なかったはずなのですが、我が家の司令長官ですら、私のあんな晴れ晴れとした顔は見たことがないと言うほど、晴れ晴れとしていたようです。
自分では気が付いていなかったのですが、入隊時に行った「服務の宣誓」、幹部候補生学校卒業時に行った「幹部宣誓」の重圧が信じられないくらいの重圧になっていたのだと思います。
この夏、退官から10年になり、様々な想いが駆け巡っています。
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「東京五輪の開会式で、主催者と観客が新型コロナウイルスの対策を徹底すれば、感染が広がるリスクは100分の1に減るとするコンピューターを使った予測結果を、東京大や福島県立医大などの研究チームが22日、発表した。」
これは3月23日火曜日の読売新聞に掲載された記事です。
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お薦めの書籍
『1300社が導入した日本型ジョブディスクリプション』 松本順市 著 日経BP
目標による管理がまともに機能している企業が極めて数少ない現在、その矛盾点を見事に突いた本です。
著者の松本氏が人事コンサルタントとして1300社の指導をした実績から炙り出した日本企業への目標管理の適用の矛盾を解決する方法を見事に教えてくれます。
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https://twitter.com/CaptainHayashi です。
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弊社出版物のご紹介
『事業大躍進に挑む経営者のための「クライシスマネジメント」』
林 祐 著
セルバ出版
お求めの方は、こちらからどうぞ。
https://aegis-cms.co.jp/book1
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メールマガジン及び専門コラムのバックナンバーをお読みいただけます。
Facebookページ「指揮官の決断/休日」
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教育訓練の受託を開始いたしました。
ご要望の多い教育訓練について、専門のスタッフを揃え、新たに教育訓練部門を開設いたしました。
内容について順次ご紹介して参りますが、弊社Webをご覧頂ければ概要をご理解頂けます。
こちらをどうぞ
https://aegis-cms.co.jp
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コンサルティングのご案内 当社では5種類のコンサルティングを行っています。
1 ACMS導入コンサルティング
イージスクライシスマネジメントシステムを導入するためのコンサルティングです。
全6回のコンサルティングで導入できるようパッケージ化されたシステムの導入支援を行います。
当社開催の戦略セミナーをあらかじめ受講し、コンサルティングの内容等にご理解を頂くことが前提
となっております。
2 スポットコンサルティング
何が問題で、どうコンサルティングを受ければいいのかわからない、自社にシステムを導入できるの
かどうかわからない、などのご相談はスポットコンサルティングをご利用ください。
3 プレコンサルティング
当社のコンサルティングの考え方をWeb等で理解されて導入を決めている方、一刻も早く導入をしたい
と考えている方には、このプレコンサルティングをお薦めします。
導入コンサルティングの第1回で行う内容を含んでおり、コンサルティングの概要及び必要な準備作業等
について、関係者全員が揃って受講できるため、理解を共有でき、導入が容易になります。
プレコンサルティングに引き続き導入コンサルティングを契約される際には、プレコンサルティング料金
は全額返金させていただきますので、費用が無駄になりません。
4 テーラード・コンサルティング
危機管理組織はすでに構築しているが指揮所演習について指導してもらいたい、中間管理層に活気がな
いので彼らに強力なリーダーとなってもらいたい、プロトコールに自信を持てるようになりたい、などのご
要望には、個別に対応させて頂きます。
5 指揮所演習コンサルティング
トップと主要スタッフだけで行うことのできるようにコンパクトに設計された図上演習です。
危機管理の先頭に立つスタッフを育てるために最適な手法として注目されています。
お気軽にご相談ください。
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図上演習コンサルティングのご案内
多数のご要望にお応えするため、図上演習に特化したコンサルティングを開始いたしました。
企業や公共放送機関での指導実績豊かなコンサルタントが各企業の実態に合わせた図上演習の運営
要領を確立します。
弊社では、図上演習を独自に企画・運営できるようになることを目標としたコンサルティングを行
っています。
毎回、図上演習の度にコンサルタントを呼ぶのではなく、自社のみで計画できる実力をつけて頂き
ます。
詳しくはこちらをご覧ください。
http://aegis-cms.co.jp/cpx
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メールマガジン「指揮官の休日」
発行人:株式会社イージスクライシスマネジメント
代表取締役 林 祐
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Web : http://aegis-cms.co.jp
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