指揮官の休日 No.151 台風の時、船では何をしているのでしょうか?
2019/10/18 (Fri) 06:30
XXXX 様
先ほど配信したメールマガジンのタイトルが間違っておりました。
お詫びして訂正したものを再度配信させていただきます。
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指揮官の休日
――コーヒーで始まり、ドライマティーニで締めくくる心豊かな一日――
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危機管理に挑む経営者の皆様に贈るメールマガジンです。
当社コラム「指揮官の決断」の更新のお知らせ、当社セミナー情報はもちろん、危機管理の参考となる図書、是非参加2をお薦めする他社主催のセミナーなどの情報をお届けして参ります。
あわせて、常時厳しい緊張状態を強いられている経営者の皆様にちょっと一息ついて頂けるような話題を選んでお送りします。「コーヒーで始まり、ドライマティーニで締めくくる心豊かな一日」というサブタイトルも、日頃すさまじいストレスにさらされながらも頑張っている経営者の皆様に、たまにはそんな日がありますようにという想いを込めています。
途中からお読みの方は、お時間のあるときに是非バックナンバーをお読みください。
ワンクリックでバックナンバーを読んで頂けます。
https://q.bmv.jp/bm/p/bn/list.php?i=aegismm&no=all
専門コラム「指揮官の決断」は、No.159 地方自治体の責任能力 その2 を掲載いたしました。
石巻市立大川小学校の東日本大震災における遭難事故に関する最高裁の判断が示されました。
この最高裁の考え方や報道の仕方に関する問題点を考えています。
詳しくは、https://aegis-cms.co.jp/1705 をご覧ください。
No.151 台風の時、船では何をしているのでしょうか?
関東地方を直撃した台風19号は凄かったですね。
犠牲になった方々のご冥福をお祈りいたします。
船に乗ったことのない方にはお分かりになりにくい感覚かもしれませんが、船に乗っていた者にとっては陸上の台風よりも海の上の台風のほうが好ましいかもしれません。
船であれば台風の進路を避けることができます。しかし、陸上では家に籠ってじっと耐えるしかありません。
それでは船ではどうやって台風に対応するのでしょうか。
皆様ご存じのとおり、台風の進路の右側は危険半円と呼ばれています。これは台風が移動する方向と風の向きが同じなので波浪がきつくなるからです。
一方で台風の左側は可航半円と呼ばれます。台風の移動方向と風向きが逆なので風が弱まるからですが、これは台風がある一定の速度で移動しているときの話であって、19号台風のようにゆっくりと動かれると右も左もあまり関係ありません。
また、これは北半球の話であって南半球では逆になります。
北半球では台風は左巻きの渦を作りますが、南半球では右巻きになります。
もっとも、台風とは北半球の太平洋で東経180度と100度の間で発生したものを呼びますので、南半球では台風ではなく、南太平洋ではハリケーン、インド洋ではサイクロンと呼ばれます。
洋上で台風に巻き込まれそうになると、船は進路の右側へ出て、台風の正横を通り過ぎてから元の進路に戻ってきます。
もちろん台風が通り過ぎた後の海域はうねりが残っていますが、天気はうそのようによくなっているのが普通です。
ヨットのような帆船は同じく右側へ逃れるのですが、真後ろから風を受けると危ないし、後ろから波に叩かれるとさらに危険で、また、波と同じ方向に走ると舵が効きにくいので、縦帆で風上に走れる船は斜め前から風を受けて走り、時間を稼ぎます。特に風下に陸がある場合には、どんなに苦しくとも風上に走り続けなければなりません。
日本丸や海王丸のような横帆の帆船は風上へ走るのをあきらめて、斜め後ろから風を受けて走ることになりますが、この時、サーフィンのように海面上を滑ることがあり、きわめてスリリングな帆走となります。
それでは停泊中の船はどうするのでしょうか。
小型の漁船などは陸揚げしてしまいます。
陸揚げできない程度の大きさの漁船などは、付近の台風に強い入り江や漁港に集まって、お互いにしっかりと舫(もやい)で固定して耐えています。
一般の商船などは岸壁で増し舫をとって頑張る船もありますが、これは大きなうねりや波が入る港では岸壁に叩きつけられて船を壊す恐れがあります。
大きな貨物船やタンカーなどは湾内の波の静かな錨の効きやすい場所を選んで投錨します。東京湾では木更津沖が人気があるようです。
海上自衛隊の船はどうするのでしょうか。
例えば横須賀の船です。
彼らは台風の接近に備えて木更津沖や館山湾内に移動して投錨します。これを避泊といいます。
港内にいてもいいのですが、災害派遣等の緊急事態に備えて、いつでも出航できるように準備するのです。
岸壁に繋がれていると、吹き寄せの風が強力である場合に押し付けられて出航できなくなるおそれがあります。また、狭い港の入り口を通らなければならないので、風と波が極端に強い場合には出港が危険だからです。
台風そのものによる海上自衛隊艦艇部隊の災害派遣という事態は昭和の時代はあまりありませんでした。
しかし、島しょ部が被害を受けた場合、最初に飛び出すのは艦艇部隊ですし、台風の時に地震が起きないとは限りません。
そこで、台風の場合に港内に閉じ込められるという状況になるのを防ぐために出港するのです。
木更津沖や館山湾内などに錨泊していれば、例え錨を揚げられなくなっていても、最悪の場合、錨鎖を切ってしまえば出航できます。切る際にブイをつけておいて、後で回収すればいいだけです。
横須賀にいる米軍の艦艇が避泊しているのを見たことがありません。彼らは災害派遣などはあまり考慮する必要がありませんので、港内でしっかりと増し舫をとって頑張るのです。
気象予察により台風の影響が強いと判断されると船は出航の準備に入ります。
避泊中に災害派遣や何らかの事情により行動に移らなければならないことを予想しますので、それなりの準備が必要です。
あらかじめどの船はどこへ避泊するということが司令部で調整され、それぞれの錨地が指定されますので、そこへ向かいます。
横須賀から木更津も館山も東京湾の反対側に移動するだけですので、それほど遠いわけではありません。
錨地について錨を入れると、後は比較的のんびりとしています。
出航前に、緊急事態に対応するための準備を済ませて出てくるので、後は何か起きるまでは待機なのです。
一応、航海体制は崩さずに当直割通りの当直には着くのですが、通常の哨戒配備と呼ばれる警戒態勢で武器にも配員するのではなく、航海に必要な当直だけが立直します。
錨を入れたとしても停泊状態にするのではなく、機関を少しずつ使って錨に負担を掛けないように船を動かさなければならないのです。
ほんのちょっとだけ前進をかけて錨鎖にかかる負担を減らしてやらないのと錨を引きずってしまいます。これは走錨といって、非常に危険です。自分の位置を常にプロットしていないと走錨に気が付かないので、ぼんやりしていると他の船とぶつかったり浅瀬にのし上げたりします。
昨年の関西を襲った台風の際、関空の橋にぶつかったタンカーがありましたが、この船は錨を入れて後は何の見張りもしていなかったようです。
普通の航海と違うのは守錨当直という見張り員が立てられ、前甲板の錨のすぐ上で錨に異常がないかどうかを見張ります。この連中は暴風雨の中で甲板上で当直しますので、波にさらわれると危ないので雨衣に救命胴衣とライフラインを付け、さらに彼らの安全を見守る当直員が別のところから見張っています。ちょっと大変ですが、短い時間で次々に交代していきます。
幹部は何をしているかといえば、艦橋で当直士官と副直士官が立直し、戦闘指揮所(CIC)で別の幹部がレーダーでの見張りについています。
哨戒配備という警戒態勢をとっているわけではないので潜水艦捜索用のソーナーなどは止めていますし、対空警戒用のレーダーも動かしていません。もちろん射撃管制室にも主砲やミサイルランチャーにも当直員はおらず、乗員はそれぞれの居室や科員食堂でゲームをしたり、本を読んだりしています。
当直についていない幹部は、何かあった場合にいつでも配置につけるようにはしていますが、溜まっている書類仕事を士官室で片づけたり、科員食堂に降りて行って乗員と雑談をしたり、あるいは自室で仮眠をとったりと、いつもの日常に比べるとのんびりしています。
私の記憶では、士官室でブリッジをしていたことが多いように思います。
海上自衛隊では帝国海軍の伝統や英国海軍の影響もあってコントラクトブリッジは幹部のたしなみの一つとされ、食後の一休みなどの時によく行われています。
若手の初任幹部などはそんな暇はほとんどないのですが、艦長や副長から誘われると断ることもできず、しかたなくお付き合いしているうちに上達していきます。
私が任官して最初に乗った船では、私は機関士でしたので避泊の時も忙しく、士官室に戻ってブリッジなどに興じている余裕はありませんでした。
蒸気タービンの船でスクリューの回転を止めてしまうと軸が変形してしまうので、避泊中でも機関を動かしている間は少しずつスクリューを回さなければならず、回し過ぎると船が動いてしまうのでだましだましの作業になります。
この監督をするのが機関科で一番若い士官の避泊中の仕事でした。
二隻目に乗った船では通信士でしたが、これは商船の通信士とは異なり、船の通信や暗号の監督をしますが、主な勤務場所は艦橋で、航海士として勤務しています。
避泊中は投錨した位置をしっかりと海図に記入したら後は当直士官や副直士官に任せて、自分の当直までは士官室で待機です。
溜まっている書類仕事を片付けたいのですが、うっかり珈琲などを飲んでいると、4人目を探している艦長や副長に捕まってコントラクトブリッジを教えて頂くことになってしまいます。
「オイ通信、海軍士官のたしなみを教えてやるからこっちへ来い。」と呼ばれると、ありがたいご指導を「イヤだ」と言うこともできず、もともと「ハイ」か”Yes, sir “ しかない世界ですので参加するのですが、それで上達することも確かではあります。
しかし私はこの時間が嫌いではありませんでした。
いつもはやたら忙しいだけの勤務なのに、この時ばかりは士官室も全員いるにもかかわらずザワザワもせず、艦長や副長と何気ない世間話をしながらカードで時間を過ごす、という日頃まず経験しない時間が流れていくのです。
特に私が通信士として乗務した年は日曜日になると台風がくるという年で、土曜日に出港して日曜日の夕方に帰ってくるということが何回もありました。
休日なので出港しても特に訓練などは計画されず、無事台風をやり過ごすだけが仕事ということで、ベテランの艦長などは特に不安も感じていなかったのでしょう。
若い幹部は経験が少ないために緊張している者もいましたが、私はヨットに比べれば何百倍も大きな船なので快適に過ごすことができました。
自分の上を通り過ぎようとする台風が陸上の家屋等に被害を与えないことを祈りながら、しかし、この状態でもし災害救助を命ぜられたら、自分の配置では何をすべきかなどを整理し、根拠規則を確認し直したり、装備品を再チェックしたりするということは、日常の勤務ではなかなかできないことなので、災害派遣について勉強をし直すいい機会でもありました。
自衛隊に在職中は艦隊勤務でなくとも台風になると出勤できなくなるため前日からオフィスに泊まり込んでいました。
退職後、逆に台風の時は帰宅できなくなるので部下を早めに帰宅させ、それを見届けると自分も帰宅するということになり、自宅で台風を迎えることが多くなりました。
最近の台風は半端ではない勢力で上陸してきますので、あらかじめ庭を片付けたり、停電に備えたりの準備が必要で、それらの作業をしているうちに、「昔は台風というと出航して、館山に逃げ込んでブリッジをやっていたんだよなぁ。」などと懐かしく思い出したりします。
よく考えると、私がいない間、誰がその準備をして家を守っていたかというと、我が家の司令長官がやっていたわけで、今更ながらに感謝しなければならないと思い直したりしています。
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Twitterでも時々、折に触れて気が付いたことを呟いています。
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当社Webサイトに、専門コラム「指揮官の決断」をアップしております。是非、ご覧ください
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専門コラム「指揮官の決断」掲載のご案内
No.159 地方自治体の責任能力 その2
先の東日本大震災に際し、避難途上で津波に巻き込まれて石巻市立大川小学校の児童、教員など84名が亡くなった事故に関し、最高裁判所が石巻市及び宮城県の上告を退け、この損害賠償裁判が確定しました。
この裁判については、高等裁判所の控訴審判決が出た際に当コラムで取り上げておりますので、何のことかと思われた方はそちらをご覧ください。(専門コラム「指揮官の決断」No.083 地方自治体の責任能力 https://aegis-cms.co.jp/1143 )
この裁判は一審二審ともに学校側の過失を認定しましたが、一審の仙台地方裁判所と二審の仙台高等裁判所の判断の根拠は異なっています。
続きはこちらをご覧ください。
https://aegis-cms.co.jp/1705
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『事業大躍進に挑む経営者のための「クライシスマネジメント」』
林 祐 著
セルバ出版
お求めの方は、こちらからどうぞ。
https://aegis-cms.co.jp/book1
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メールマガジン及び専門コラムのバックナンバーをお読みいただけます。
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教育訓練の受託を開始いたしました。
ご要望の多い教育訓練について、専門のスタッフを揃え、新たに教育訓練部門を開設いたしました。
内容について順次ご紹介して参りますが、弊社Webをご覧頂ければ概要をご理解頂けます。
こちらをどうぞ
https://aegis-cms.co.jp
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コンサルティングのご案内 当社では5種類のコンサルティングを行っています。
1 ACMS導入コンサルティング
イージスクライシスマネジメントシステムを導入するためのコンサルティングです。
全6回のコンサルティングで導入できるようパッケージ化されたシステムの導入支援を行います。
当社開催の戦略セミナーをあらかじめ受講し、コンサルティングの内容等にご理解を頂くことが前提
となっております。
2 スポットコンサルティング
何が問題で、どうコンサルティングを受ければいいのかわからない、自社にシステムを導入できるの
かどうかわからない、などのご相談はスポットコンサルティングをご利用ください。
3 プレコンサルティング
当社のコンサルティングの考え方をWeb等で理解されて導入を決めている方、一刻も早く導入をしたい
と考えている方には、このプレコンサルティングをお薦めします。
導入コンサルティングの第1回で行う内容を含んでおり、コンサルティングの概要及び必要な準備作業等
について、関係者全員が揃って受講できるため、理解を共有でき、導入が容易になります。
プレコンサルティングに引き続き導入コンサルティングを契約される際には、プレコンサルティング料金
は全額返金させていただきますので、費用が無駄になりません。
4 テーラード・コンサルティング
危機管理組織はすでに構築しているが指揮所演習について指導してもらいたい、中間管理層に活気がな
いので彼らに強力なリーダーとなってもらいたい、プロトコールに自信を持てるようになりたい、などのご
要望には、個別に対応させて頂きます。
5 指揮所演習コンサルティング
トップと主要スタッフだけで行うことのできるようにコンパクトに設計された図上演習です。
危機管理の先頭に立つスタッフを育てるために最適な手法として注目されています。
お気軽にご相談ください。
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図上演習コンサルティングのご案内
多数のご要望にお応えするため、図上演習に特化したコンサルティングを開始いたしました。
企業や公共放送機関での指導実績豊かなコンサルタントが各企業の実態に合わせた図上演習の運営
要領を確立します。
弊社では、図上演習を独自に企画・運営できるようになることを目標としたコンサルティングを行
っています。
毎回、図上演習の度にコンサルタントを呼ぶのではなく、自社のみで計画できる実力をつけて頂き
ます。
詳しくはこちらをご覧ください。
http://aegis-cms.co.jp/cpx
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代表取締役 林 祐
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関東地方を直撃した台風19号は凄かったですね。
犠牲になった方々のご冥福をお祈りいたします。
船に乗ったことのない方にはお分かりになりにくい感覚かもしれませんが、船に乗っていた者にとっては陸上の台風よりも海の上の台風のほうが好ましいかもしれません。
船であれば台風の進路を避けることができます。しかし、陸上では家に籠ってじっと耐えるしかありません。
それでは船ではどうやって台風に対応するのでしょうか。
皆様ご存じのとおり、台風の進路の右側は危険半円と呼ばれています。これは台風が移動する方向と風の向きが同じなので波浪がきつくなるからです。
一方で台風の左側は可航半円と呼ばれます。台風の移動方向と風向きが逆なので風が弱まるからですが、これは台風がある一定の速度で移動しているときの話であって、19号台風のようにゆっくりと動かれると右も左もあまり関係ありません。
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もちろん台風が通り過ぎた後の海域はうねりが残っていますが、天気はうそのようによくなっているのが普通です。
ヨットのような帆船は同じく右側へ逃れるのですが、真後ろから風を受けると危ないし、後ろから波に叩かれるとさらに危険で、また、波と同じ方向に走ると舵が効きにくいので、縦帆で風上に走れる船は斜め前から風を受けて走り、時間を稼ぎます。特に風下に陸がある場合には、どんなに苦しくとも風上に走り続けなければなりません。
日本丸や海王丸のような横帆の帆船は風上へ走るのをあきらめて、斜め後ろから風を受けて走ることになりますが、この時、サーフィンのように海面上を滑ることがあり、きわめてスリリングな帆走となります。
それでは停泊中の船はどうするのでしょうか。
小型の漁船などは陸揚げしてしまいます。
陸揚げできない程度の大きさの漁船などは、付近の台風に強い入り江や漁港に集まって、お互いにしっかりと舫(もやい)で固定して耐えています。
一般の商船などは岸壁で増し舫をとって頑張る船もありますが、これは大きなうねりや波が入る港では岸壁に叩きつけられて船を壊す恐れがあります。
大きな貨物船やタンカーなどは湾内の波の静かな錨の効きやすい場所を選んで投錨します。東京湾では木更津沖が人気があるようです。
海上自衛隊の船はどうするのでしょうか。
例えば横須賀の船です。
彼らは台風の接近に備えて木更津沖や館山湾内に移動して投錨します。これを避泊といいます。
港内にいてもいいのですが、災害派遣等の緊急事態に備えて、いつでも出航できるように準備するのです。
岸壁に繋がれていると、吹き寄せの風が強力である場合に押し付けられて出航できなくなるおそれがあります。また、狭い港の入り口を通らなければならないので、風と波が極端に強い場合には出港が危険だからです。
台風そのものによる海上自衛隊艦艇部隊の災害派遣という事態は昭和の時代はあまりありませんでした。
しかし、島しょ部が被害を受けた場合、最初に飛び出すのは艦艇部隊ですし、台風の時に地震が起きないとは限りません。
そこで、台風の場合に港内に閉じ込められるという状況になるのを防ぐために出港するのです。
木更津沖や館山湾内などに錨泊していれば、例え錨を揚げられなくなっていても、最悪の場合、錨鎖を切ってしまえば出航できます。切る際にブイをつけておいて、後で回収すればいいだけです。
横須賀にいる米軍の艦艇が避泊しているのを見たことがありません。彼らは災害派遣などはあまり考慮する必要がありませんので、港内でしっかりと増し舫をとって頑張るのです。
気象予察により台風の影響が強いと判断されると船は出航の準備に入ります。
避泊中に災害派遣や何らかの事情により行動に移らなければならないことを予想しますので、それなりの準備が必要です。
あらかじめどの船はどこへ避泊するということが司令部で調整され、それぞれの錨地が指定されますので、そこへ向かいます。
横須賀から木更津も館山も東京湾の反対側に移動するだけですので、それほど遠いわけではありません。
錨地について錨を入れると、後は比較的のんびりとしています。
出航前に、緊急事態に対応するための準備を済ませて出てくるので、後は何か起きるまでは待機なのです。
一応、航海体制は崩さずに当直割通りの当直には着くのですが、通常の哨戒配備と呼ばれる警戒態勢で武器にも配員するのではなく、航海に必要な当直だけが立直します。
錨を入れたとしても停泊状態にするのではなく、機関を少しずつ使って錨に負担を掛けないように船を動かさなければならないのです。
ほんのちょっとだけ前進をかけて錨鎖にかかる負担を減らしてやらないのと錨を引きずってしまいます。これは走錨といって、非常に危険です。自分の位置を常にプロットしていないと走錨に気が付かないので、ぼんやりしていると他の船とぶつかったり浅瀬にのし上げたりします。
昨年の関西を襲った台風の際、関空の橋にぶつかったタンカーがありましたが、この船は錨を入れて後は何の見張りもしていなかったようです。
普通の航海と違うのは守錨当直という見張り員が立てられ、前甲板の錨のすぐ上で錨に異常がないかどうかを見張ります。この連中は暴風雨の中で甲板上で当直しますので、波にさらわれると危ないので雨衣に救命胴衣とライフラインを付け、さらに彼らの安全を見守る当直員が別のところから見張っています。ちょっと大変ですが、短い時間で次々に交代していきます。
幹部は何をしているかといえば、艦橋で当直士官と副直士官が立直し、戦闘指揮所(CIC)で別の幹部がレーダーでの見張りについています。
哨戒配備という警戒態勢をとっているわけではないので潜水艦捜索用のソーナーなどは止めていますし、対空警戒用のレーダーも動かしていません。もちろん射撃管制室にも主砲やミサイルランチャーにも当直員はおらず、乗員はそれぞれの居室や科員食堂でゲームをしたり、本を読んだりしています。
当直についていない幹部は、何かあった場合にいつでも配置につけるようにはしていますが、溜まっている書類仕事を士官室で片づけたり、科員食堂に降りて行って乗員と雑談をしたり、あるいは自室で仮眠をとったりと、いつもの日常に比べるとのんびりしています。
私の記憶では、士官室でブリッジをしていたことが多いように思います。
海上自衛隊では帝国海軍の伝統や英国海軍の影響もあってコントラクトブリッジは幹部のたしなみの一つとされ、食後の一休みなどの時によく行われています。
若手の初任幹部などはそんな暇はほとんどないのですが、艦長や副長から誘われると断ることもできず、しかたなくお付き合いしているうちに上達していきます。
私が任官して最初に乗った船では、私は機関士でしたので避泊の時も忙しく、士官室に戻ってブリッジなどに興じている余裕はありませんでした。
蒸気タービンの船でスクリューの回転を止めてしまうと軸が変形してしまうので、避泊中でも機関を動かしている間は少しずつスクリューを回さなければならず、回し過ぎると船が動いてしまうのでだましだましの作業になります。
この監督をするのが機関科で一番若い士官の避泊中の仕事でした。
二隻目に乗った船では通信士でしたが、これは商船の通信士とは異なり、船の通信や暗号の監督をしますが、主な勤務場所は艦橋で、航海士として勤務しています。
避泊中は投錨した位置をしっかりと海図に記入したら後は当直士官や副直士官に任せて、自分の当直までは士官室で待機です。
溜まっている書類仕事を片付けたいのですが、うっかり珈琲などを飲んでいると、4人目を探している艦長や副長に捕まってコントラクトブリッジを教えて頂くことになってしまいます。
「オイ通信、海軍士官のたしなみを教えてやるからこっちへ来い。」と呼ばれると、ありがたいご指導を「イヤだ」と言うこともできず、もともと「ハイ」か”Yes, sir “ しかない世界ですので参加するのですが、それで上達することも確かではあります。
しかし私はこの時間が嫌いではありませんでした。
いつもはやたら忙しいだけの勤務なのに、この時ばかりは士官室も全員いるにもかかわらずザワザワもせず、艦長や副長と何気ない世間話をしながらカードで時間を過ごす、という日頃まず経験しない時間が流れていくのです。
特に私が通信士として乗務した年は日曜日になると台風がくるという年で、土曜日に出港して日曜日の夕方に帰ってくるということが何回もありました。
休日なので出港しても特に訓練などは計画されず、無事台風をやり過ごすだけが仕事ということで、ベテランの艦長などは特に不安も感じていなかったのでしょう。
若い幹部は経験が少ないために緊張している者もいましたが、私はヨットに比べれば何百倍も大きな船なので快適に過ごすことができました。
自分の上を通り過ぎようとする台風が陸上の家屋等に被害を与えないことを祈りながら、しかし、この状態でもし災害救助を命ぜられたら、自分の配置では何をすべきかなどを整理し、根拠規則を確認し直したり、装備品を再チェックしたりするということは、日常の勤務ではなかなかできないことなので、災害派遣について勉強をし直すいい機会でもありました。
自衛隊に在職中は艦隊勤務でなくとも台風になると出勤できなくなるため前日からオフィスに泊まり込んでいました。
退職後、逆に台風の時は帰宅できなくなるので部下を早めに帰宅させ、それを見届けると自分も帰宅するということになり、自宅で台風を迎えることが多くなりました。
最近の台風は半端ではない勢力で上陸してきますので、あらかじめ庭を片付けたり、停電に備えたりの準備が必要で、それらの作業をしているうちに、「昔は台風というと出航して、館山に逃げ込んでブリッジをやっていたんだよなぁ。」などと懐かしく思い出したりします。
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1 ACMS導入コンサルティング
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何が問題で、どうコンサルティングを受ければいいのかわからない、自社にシステムを導入できるの
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と考えている方には、このプレコンサルティングをお薦めします。
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について、関係者全員が揃って受講できるため、理解を共有でき、導入が容易になります。
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4 テーラード・コンサルティング
危機管理組織はすでに構築しているが指揮所演習について指導してもらいたい、中間管理層に活気がな
いので彼らに強力なリーダーとなってもらいたい、プロトコールに自信を持てるようになりたい、などのご
要望には、個別に対応させて頂きます。
5 指揮所演習コンサルティング
トップと主要スタッフだけで行うことのできるようにコンパクトに設計された図上演習です。
危機管理の先頭に立つスタッフを育てるために最適な手法として注目されています。
お気軽にご相談ください。
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図上演習コンサルティングのご案内
多数のご要望にお応えするため、図上演習に特化したコンサルティングを開始いたしました。
企業や公共放送機関での指導実績豊かなコンサルタントが各企業の実態に合わせた図上演習の運営
要領を確立します。
弊社では、図上演習を独自に企画・運営できるようになることを目標としたコンサルティングを行
っています。
毎回、図上演習の度にコンサルタントを呼ぶのではなく、自社のみで計画できる実力をつけて頂き
ます。
詳しくはこちらをご覧ください。
http://aegis-cms.co.jp/cpx
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発行人:株式会社イージスクライシスマネジメント
代表取締役 林 祐
email: yhayashi@aegis-cms.co.jp
Web : http://aegis-cms.co.jp
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