メールマガジン「指揮官の休日」 No.412 星を読む その2
2025/03/28 (Fri) 13:46
XXXX 様
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指揮官の休日
――コーヒーで始まり、ドライマティーニで締めくくる心豊かな一日――
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危機管理に挑む経営者の皆様に贈るメールマガジンです。
当社コラム「指揮官の決断」の更新のお知らせ、当社セミナー情報はもちろん、危機管理の参考となる図書、是非参加をお薦めする他社主催のセミナーなどの情報をお届けして参ります。
あわせて、常時厳しい緊張状態を強いられている経営者の皆様にちょっと一息ついて頂けるような話題を選んでお送りします。「コーヒーで始まり、ドライマティーニで締めくくる心豊かな一日」というサブタイトルも、日頃すさまじいストレスにさらされながらも頑張っている経営者の皆様に、たまにはそんな日がありますようにという想いを込めています。
途中からお読みの方は、お時間のあるときに是非バックナンバーをお読みください。
ワンクリックでバックナンバーを読んで頂けます。
https://q.bmv.jp/bm/p/bn/list.php?i=aegismm&no=all
専門コラム「指揮官の決断」は、第426回 危機管理の視座 を掲載いたしました。
最近の日本における危機管理概念の理解について述べています。
https://aegis-cms.co.jp/3495
No.412 星を読む その2
今回もコラムの掲載が遅れたため、メールマガジンの配信も金曜日の朝ではなくなってしまいました。
ただ、金曜日の午前6時半に定期配信すると述べたことは一度もないので、約束違反ではないと思っています。
趣旨として、皆様に週末に臨む前にリラックスして頂きたいという思いがあって金曜日の配信を心掛けてきましたが、それどころではない事情に見舞われており、なかなか金曜日の配信が出来ていません。
1月のの当メールマガジンで、筆者たちの世代が、天測で船位決定をしていた最後の世代だとお伝えしました。
今回はその続編です。海上自衛隊の同期生にも、実用の天測をやったことがあると感想を送ってくれている者がいて、「同じ想いをしたんだな。」などと思っています。
筆者が海上自衛隊の初任幹部として艦隊勤務に就いた頃、航法の基礎である艦位決定の方法は陸測、電波、天測の3種類がありました。
陸測というのは、陸上の顕著な目標で海図にその記載があるものを3か所くらい選び、それらの方位を羅針儀で測り、海図上でそのそれぞれの目標の方位線を引くと、3つの線が交わり、小さな三角形ができます。(3つの方位を同時に測れば一点で交わりますが、一人で測ると時間的誤差が生じ、その間に船も進んでいますから一点では交わらないのです。)その小さな三角形の中に船がいたということになります。
電波航法というのは、当時はロランとかデッカという装置があり、ロランは筆者も外洋レース艇で使っていましたが、陸上のロラン局から遠く離れると使い物にならず、デッカは、かなり正確な位置が入りましたが、装置の値段が高いのと、外洋で遠く離れるとやはり使い物になりませんでした。 護衛艦にはロランが搭載され、デッカは掃海作業などで使われていました。
つまり、外洋に出ると、星を測るしか自分の位置を把握する方法が無かったのです。
筆者は学生時代にはヨットの外洋レース艇で奴隷生活を送っていましたが、そこではもう一つの航法機器がありました。RDFという機器で、複数の中波や短波のラジオの電波を受信して、その方位を測り、海図上で陸測と同様に線を引いて交点を求めるという方法でした。精度が低すぎて、まともな航法には使えませんでしたが、外洋レースではそれほど高い精度が求められないので、濃霧で島にのし上げたりすることを防ぐ程度にしか使えませんでした。
当時、GPSはあることはあったのですが、まだ民間用に解放されておらず、米軍の軍事利用のみでした。
したがって当時、艦隊勤務に就いていた海上自衛官には実用の天測をしていた者はたくさんいるはずです。
筆者も、通信士として乗り組んでいた小さな護衛艦で天測をしたことがあります。
ある時、応急出動艦として待機していた夜のことでした。応急出動艦というのは何か緊急の所用で艦艇を出航させる必要が生じた際にすぐに出航できるように待機している船を指します。
待機が指示されると乗員も警急呼集に応じられるように遠出は自粛しています。当時は携帯電話が無かったので、外出も自粛していたと記憶します。
そのような夜、通信士として多忙な日々を送っていた筆者は、夕方から飛び交う電報が複雑になっていくのに気が付いていました。
紀伊半島の沖で、当時のソビエト海軍の情報収集艦が領海近くにいるのを発見し、近くにいた小さな揚陸艦(海岸にのし上げて艦首の扉を開いて戦車などを上陸させる機能を持った船)が追いかけているらしいのです。この揚陸艦は速力が遅いので、ほとんど振り切られようとしていました。その艦から送られてくる電報が入電してきており、通信士として電信室を監督していた筆者はそれを読んでいたのです。
そのうちに、案の定、艦長が総監部に呼ばれ、振り切られそうになっている揚陸艦の代わりに、筆者が乗っていた護衛艦が出航して交代するようにということになりました。
当時は、1週間後に海上自衛隊演習という年に一度の大演習に参加するための準備をしていた頃でした。
しかし、命令が出されたので、その護衛艦は出航しました。
大島南方で情報収集艦の警戒を引き継いだのですが、その情報収艦は北上を始め、岩手県の沖まで行くと反転し、また大島の南まで南下を始めました。
その動作を2回繰り返しました。筆者の乗った護衛艦はその後方約1000mくらいのところを続航し、少しでも領海に近づくと国際VHFという無線機で「領海に近づいているので針路を変えるように。」という要求をロシア語と英語で出し続けました。
外国の軍艦が領海の中を航行すること自体は国際法違反ではありません。ただし、その場合の航行は「無害航行」でなければなりません。航海を継続するため、合理的な航路を合理的な速力で通り抜けることは禁止されていないのですが、訓練や観測、情報収集などはしてはなりません。
したがって、最初の一回は看過するにしても、2回目以降は不自然ですので看過できません。
三陸沖と大島沖の間を二往復した情報収集艦は、今度は東を向いて走り始めました。
筆者の乗った護衛艦もその後ろを航行して東へ向いて走りました。
ところが今回はいつまでたっても東に向いたままでした。
そのままでは、太平洋の真ん中に出てしまいます。海上自衛隊演習が始まる前に演習海面まで戻る必要がありました。そこで、筆者は艦長に呼ばれ、天測によって艦位を求め、どこまで追いかければ海上自衛隊演習に間に合うように戻ることができるのかを計算せよと命令されました。
指示が出たのが朝でしたので、筆者は早速天測を始めたのですが、日中ですので太陽の高度を測り、経度を求めることしかできませんでした。しかし、1時間ごとに経度を測定し、針路はほとんど真東でしたので、概ねの艦位は測定できました。
筆者は昼過ぎまで1時間ごとの測定を行い、現在の速力が続くなら翌日の午後3時には反転しなければならないと算出しました。
その年の海上自衛隊演習で筆者が乗っていた護衛艦は、相模湾における潜水艦の警戒に当たることになっており、作戦計画にはその護衛艦の演習開始時における哨戒担当エリアが記載されていました。
そのエリアの東端に帰り着くまでに必要な時間を計算したのです。
その日の夜と翌朝は曇天で天測ができませんでしたが、針路が真東でしたので、それほど大きな誤差は生じないだろうと考えていました。
ところが、筆者の計算に間違いがありました。
航海中の護衛艦は、残燃料が70%よりも少なくなることが規則上できません。海外などで一航程が長く、途中で補給艦の支援を得られないような場合は別ですが、それ以外の場合には残燃料が70%以下になる前に給油をしなければならないのです。
相模湾まで帰れば、補給艦もいるでしょうし、横須賀まで戻って給油することもできます。
そこで機関長と相談して、どの速力で帰れば、既定の燃料を残して哨区に戻ることができるのかを算出したのですが、筆者が見落としていたことがありました。
その護衛艦は年次検査に入るのが遅れており、艦底についた牡蠣殻などにより速力が出ない状況になっていたのを見落としていたのです。
通常の航海なら気付きます。例えば、15ノット出すようにエンジンの回転数を設定して何時間か走って、思ったほど距離が出ていなければ、原因が何だろうと考えたはずです。
ところが、その時はソビエトの情報収集艦の速力に合わせて速力を小まめに調整しながら走っていたので、気が付かなかったのです。
17ノットで帰れば、演習開始時に哨区に入れるはずでしたが、翌日夕刻、ロランの電波を拾って艦位を決定すると、15.5ノットしか出ていないことが分かりました。
慌てて速力を上げたのですが、結局開始に30分遅れて担当エリアの東端に着きました。
ところが、その時に、筆者の乗っていた護衛艦の担当エリアの西端を航行していた重要船団を仮装した掃海母艦(実際のタンカーなどを演習に動員することができないので、海上自衛隊の艦艇をそれら防護対象と仮装して走らせていました。)が、まさに筆者たちが配置についた瞬間に待ち伏せしていた潜水艦に雷撃されたのです。
潜水艦からその掃海母艦の位置、針路、速力及び想定で発車した魚雷の数の通報があり、審判部で乱数表を引いたところ、沈没と判定され、横須賀に帰ることになりました。
筆者の乗った船も、緊急出航で出てきたので、海上自衛隊演習期間中の食料などが不足しており、燃料や真水も補給する必要があったので横須賀へ向かうように指示されました。
通常であれば、その護衛艦は同じ横須賀でも船越地区に入るのですが、その時は、必要なものを積んだら直ちに再度出港するようにということで、より近い吉浦地区の岸壁に着けるように指示されました。
吉浦の指定岸壁に横付けすると、海に向かって伸びている岸壁の反対側に掃海母艦が入港していました。
見ると、艦橋から航海長がハンドマイクを持ち出してなにか叫んでいます。
筆者がそちら側のウィングに出て、聞き取ろうとすると、掃海母艦の航海長は筆者に気付き、「通信士、お前はどこにいたんだ!」と怒鳴られました。
その航海長は、筆者が候補生の時の指導官で、徹底的に鍛えられた「赤レンガに住む赤鬼、青鬼」と呼ばれる指導官の一人でした。
この時の天測が筆者が実用として最後に行った天測でした。
実は、その20年後くらいに、沖縄の遥か東方海上で天測をしたことがありますが、それは実用ではなく、ある事情で天測の精度を競うことになって応じたものでしたが、いずれにせよ、光ですら数千年もかかる遠くの星を測って、地球上の自分の位置を知るというという途方もないロマンに満ちた方法を使うことができた最後の世代として、そのような機会を得ることができたことに感謝しています。
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専門コラム 第426回 危機管理の視座
弊社では最近、YouTubeでの配信を行いました。
これがいつまで続くのか心許ないところではありますが、少しでも多くの方々に危機管理の概念を正しく理解していただき、同時に、図上演習という魔法のように便利な手法を身につけて頂くためには、弊社ウェブサイトのコラムだけではだめだという結論に達した結果です。
特に筆者が危機感を持っているのが、この国では危機管理というマネジメントがその概念すら誤って理解されていることです。
概念の理解が誤っていれば、実体を正しく理解できず、その結果、この国では危機管理がまともに行われないということになってしまいます。
このことは、ことあるごとに主張し、当コラムでもうんざりするほどのページ数を費やしてきました。
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是非Facebookページをご訪問ください。
Twitterでも時々、折に触れて気が付いたことを呟いています。
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弊社出版物のご紹介
『事業大躍進に挑む経営者のための「クライシスマネジメント」』
林 祐 著
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お求めの方は、こちらからどうぞ。
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教育訓練の受託を開始いたしました。
ご要望の多い教育訓練について、専門のスタッフを揃え、新たに教育訓練部門を開設いたしました。
内容について順次ご紹介して参りますが、弊社Webをご覧頂ければ概要をご理解頂けます。
こちらをどうぞ
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コンサルティングのご案内 当社では5種類のコンサルティングを行っています。
1 ACMS導入コンサルティング
イージスクライシスマネジメントシステムを導入するためのコンサルティングです。
全6回のコンサルティングで導入できるようパッケージ化されたシステムの導入支援を行います。
当社開催の戦略セミナーをあらかじめ受講し、コンサルティングの内容等にご理解を頂くことが前提
となっております。
2 スポットコンサルティング
何が問題で、どうコンサルティングを受ければいいのかわからない、自社にシステムを導入できるの
かどうかわからない、などのご相談はスポットコンサルティングをご利用ください。
3 プレコンサルティング
当社のコンサルティングの考え方をWeb等で理解されて導入を決めている方、一刻も早く導入をしたい
と考えている方には、このプレコンサルティングをお薦めします。
導入コンサルティングの第1回で行う内容を含んでおり、コンサルティングの概要及び必要な準備作業等
について、関係者全員が揃って受講できるため、理解を共有でき、導入が容易になります。
プレコンサルティングに引き続き導入コンサルティングを契約される際には、プレコンサルティング料金
は全額返金させていただきますので、費用が無駄になりません。
4 テーラード・コンサルティング
危機管理組織はすでに構築しているが指揮所演習について指導してもらいたい、中間管理層に活気がな
いので彼らに強力なリーダーとなってもらいたい、プロトコールに自信を持てるようになりたい、などのご
要望には、個別に対応させて頂きます。
5 指揮所演習コンサルティング
トップと主要スタッフだけで行うことのできるようにコンパクトに設計された図上演習です。
危機管理の先頭に立つスタッフを育てるために最適な手法として注目されています。
お気軽にご相談ください。
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図上演習コンサルティングのご案内
多数のご要望にお応えするため、図上演習に特化したコンサルティングを開始いたしました。
企業や公共放送機関での指導実績豊かなコンサルタントが各企業の実態に合わせた図上演習の運営
要領を確立します。
弊社では、図上演習を独自に企画・運営できるようになることを目標としたコンサルティングを行
っています。
毎回、図上演習の度にコンサルタントを呼ぶのではなく、自社のみで計画できる実力をつけて頂き
ます。
詳しくはこちらをご覧ください。
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No.412 星を読む その2
今回もコラムの掲載が遅れたため、メールマガジンの配信も金曜日の朝ではなくなってしまいました。
ただ、金曜日の午前6時半に定期配信すると述べたことは一度もないので、約束違反ではないと思っています。
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1月のの当メールマガジンで、筆者たちの世代が、天測で船位決定をしていた最後の世代だとお伝えしました。
今回はその続編です。海上自衛隊の同期生にも、実用の天測をやったことがあると感想を送ってくれている者がいて、「同じ想いをしたんだな。」などと思っています。
筆者が海上自衛隊の初任幹部として艦隊勤務に就いた頃、航法の基礎である艦位決定の方法は陸測、電波、天測の3種類がありました。
陸測というのは、陸上の顕著な目標で海図にその記載があるものを3か所くらい選び、それらの方位を羅針儀で測り、海図上でそのそれぞれの目標の方位線を引くと、3つの線が交わり、小さな三角形ができます。(3つの方位を同時に測れば一点で交わりますが、一人で測ると時間的誤差が生じ、その間に船も進んでいますから一点では交わらないのです。)その小さな三角形の中に船がいたということになります。
電波航法というのは、当時はロランとかデッカという装置があり、ロランは筆者も外洋レース艇で使っていましたが、陸上のロラン局から遠く離れると使い物にならず、デッカは、かなり正確な位置が入りましたが、装置の値段が高いのと、外洋で遠く離れるとやはり使い物になりませんでした。 護衛艦にはロランが搭載され、デッカは掃海作業などで使われていました。
つまり、外洋に出ると、星を測るしか自分の位置を把握する方法が無かったのです。
筆者は学生時代にはヨットの外洋レース艇で奴隷生活を送っていましたが、そこではもう一つの航法機器がありました。RDFという機器で、複数の中波や短波のラジオの電波を受信して、その方位を測り、海図上で陸測と同様に線を引いて交点を求めるという方法でした。精度が低すぎて、まともな航法には使えませんでしたが、外洋レースではそれほど高い精度が求められないので、濃霧で島にのし上げたりすることを防ぐ程度にしか使えませんでした。
当時、GPSはあることはあったのですが、まだ民間用に解放されておらず、米軍の軍事利用のみでした。
したがって当時、艦隊勤務に就いていた海上自衛官には実用の天測をしていた者はたくさんいるはずです。
筆者も、通信士として乗り組んでいた小さな護衛艦で天測をしたことがあります。
ある時、応急出動艦として待機していた夜のことでした。応急出動艦というのは何か緊急の所用で艦艇を出航させる必要が生じた際にすぐに出航できるように待機している船を指します。
待機が指示されると乗員も警急呼集に応じられるように遠出は自粛しています。当時は携帯電話が無かったので、外出も自粛していたと記憶します。
そのような夜、通信士として多忙な日々を送っていた筆者は、夕方から飛び交う電報が複雑になっていくのに気が付いていました。
紀伊半島の沖で、当時のソビエト海軍の情報収集艦が領海近くにいるのを発見し、近くにいた小さな揚陸艦(海岸にのし上げて艦首の扉を開いて戦車などを上陸させる機能を持った船)が追いかけているらしいのです。この揚陸艦は速力が遅いので、ほとんど振り切られようとしていました。その艦から送られてくる電報が入電してきており、通信士として電信室を監督していた筆者はそれを読んでいたのです。
そのうちに、案の定、艦長が総監部に呼ばれ、振り切られそうになっている揚陸艦の代わりに、筆者が乗っていた護衛艦が出航して交代するようにということになりました。
当時は、1週間後に海上自衛隊演習という年に一度の大演習に参加するための準備をしていた頃でした。
しかし、命令が出されたので、その護衛艦は出航しました。
大島南方で情報収集艦の警戒を引き継いだのですが、その情報収艦は北上を始め、岩手県の沖まで行くと反転し、また大島の南まで南下を始めました。
その動作を2回繰り返しました。筆者の乗った護衛艦はその後方約1000mくらいのところを続航し、少しでも領海に近づくと国際VHFという無線機で「領海に近づいているので針路を変えるように。」という要求をロシア語と英語で出し続けました。
外国の軍艦が領海の中を航行すること自体は国際法違反ではありません。ただし、その場合の航行は「無害航行」でなければなりません。航海を継続するため、合理的な航路を合理的な速力で通り抜けることは禁止されていないのですが、訓練や観測、情報収集などはしてはなりません。
したがって、最初の一回は看過するにしても、2回目以降は不自然ですので看過できません。
三陸沖と大島沖の間を二往復した情報収集艦は、今度は東を向いて走り始めました。
筆者の乗った護衛艦もその後ろを航行して東へ向いて走りました。
ところが今回はいつまでたっても東に向いたままでした。
そのままでは、太平洋の真ん中に出てしまいます。海上自衛隊演習が始まる前に演習海面まで戻る必要がありました。そこで、筆者は艦長に呼ばれ、天測によって艦位を求め、どこまで追いかければ海上自衛隊演習に間に合うように戻ることができるのかを計算せよと命令されました。
指示が出たのが朝でしたので、筆者は早速天測を始めたのですが、日中ですので太陽の高度を測り、経度を求めることしかできませんでした。しかし、1時間ごとに経度を測定し、針路はほとんど真東でしたので、概ねの艦位は測定できました。
筆者は昼過ぎまで1時間ごとの測定を行い、現在の速力が続くなら翌日の午後3時には反転しなければならないと算出しました。
その年の海上自衛隊演習で筆者が乗っていた護衛艦は、相模湾における潜水艦の警戒に当たることになっており、作戦計画にはその護衛艦の演習開始時における哨戒担当エリアが記載されていました。
そのエリアの東端に帰り着くまでに必要な時間を計算したのです。
その日の夜と翌朝は曇天で天測ができませんでしたが、針路が真東でしたので、それほど大きな誤差は生じないだろうと考えていました。
ところが、筆者の計算に間違いがありました。
航海中の護衛艦は、残燃料が70%よりも少なくなることが規則上できません。海外などで一航程が長く、途中で補給艦の支援を得られないような場合は別ですが、それ以外の場合には残燃料が70%以下になる前に給油をしなければならないのです。
相模湾まで帰れば、補給艦もいるでしょうし、横須賀まで戻って給油することもできます。
そこで機関長と相談して、どの速力で帰れば、既定の燃料を残して哨区に戻ることができるのかを算出したのですが、筆者が見落としていたことがありました。
その護衛艦は年次検査に入るのが遅れており、艦底についた牡蠣殻などにより速力が出ない状況になっていたのを見落としていたのです。
通常の航海なら気付きます。例えば、15ノット出すようにエンジンの回転数を設定して何時間か走って、思ったほど距離が出ていなければ、原因が何だろうと考えたはずです。
ところが、その時はソビエトの情報収集艦の速力に合わせて速力を小まめに調整しながら走っていたので、気が付かなかったのです。
17ノットで帰れば、演習開始時に哨区に入れるはずでしたが、翌日夕刻、ロランの電波を拾って艦位を決定すると、15.5ノットしか出ていないことが分かりました。
慌てて速力を上げたのですが、結局開始に30分遅れて担当エリアの東端に着きました。
ところが、その時に、筆者の乗っていた護衛艦の担当エリアの西端を航行していた重要船団を仮装した掃海母艦(実際のタンカーなどを演習に動員することができないので、海上自衛隊の艦艇をそれら防護対象と仮装して走らせていました。)が、まさに筆者たちが配置についた瞬間に待ち伏せしていた潜水艦に雷撃されたのです。
潜水艦からその掃海母艦の位置、針路、速力及び想定で発車した魚雷の数の通報があり、審判部で乱数表を引いたところ、沈没と判定され、横須賀に帰ることになりました。
筆者の乗った船も、緊急出航で出てきたので、海上自衛隊演習期間中の食料などが不足しており、燃料や真水も補給する必要があったので横須賀へ向かうように指示されました。
通常であれば、その護衛艦は同じ横須賀でも船越地区に入るのですが、その時は、必要なものを積んだら直ちに再度出港するようにということで、より近い吉浦地区の岸壁に着けるように指示されました。
吉浦の指定岸壁に横付けすると、海に向かって伸びている岸壁の反対側に掃海母艦が入港していました。
見ると、艦橋から航海長がハンドマイクを持ち出してなにか叫んでいます。
筆者がそちら側のウィングに出て、聞き取ろうとすると、掃海母艦の航海長は筆者に気付き、「通信士、お前はどこにいたんだ!」と怒鳴られました。
その航海長は、筆者が候補生の時の指導官で、徹底的に鍛えられた「赤レンガに住む赤鬼、青鬼」と呼ばれる指導官の一人でした。
この時の天測が筆者が実用として最後に行った天測でした。
実は、その20年後くらいに、沖縄の遥か東方海上で天測をしたことがありますが、それは実用ではなく、ある事情で天測の精度を競うことになって応じたものでしたが、いずれにせよ、光ですら数千年もかかる遠くの星を測って、地球上の自分の位置を知るというという途方もないロマンに満ちた方法を使うことができた最後の世代として、そのような機会を得ることができたことに感謝しています。
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特に筆者が危機感を持っているのが、この国では危機管理というマネジメントがその概念すら誤って理解されていることです。
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